2010年03月01日

マナー向上の動機

私から見て、主人の食事のマナーは、お箸の持ち方がちょっと怪しいこと以外は特に嫌な所がありません。こういう人となら、どこでご一緒しても恥ずかしい思いをせずに済みます。気取ったお店に居ても違和感ありませんし、大衆食堂っぽいお店に入るのも好きみたいで、そこに入ったら入ったで、うまく馴染んでいます。

カメレオンのように臨機応変に溶け込める食事のマナーが身に付いている、その訳は?両親がマナーにうるさい家庭だった…からではありません。よく、『ご両親がしっかり教育されてるんだね。』って目上の人に誉められる子供だったそうですが、よく言って『教育熱心』悪く言うと『お躾に神経質』…には全然見えないご両親です(おおらかに育てられています)。

主人が食事のマナーを身に付けようと思った動機は、会社の先輩にマナーの悪さを指摘されたからなのだそうです。『今、俺とこうして食べているだけだからいいかも知れないけど、海外駐在員になりたいなら、マナーは覚えろ。普通のサラリーマンが、駐在員になったら各国の位の高い人と会食する機会がいくらでもあるからな。』

そんなこともあって、どこでご一緒しても恥ずかしくない紳士へと成長をとげたのでした。食事のマナーについて少々えらそうに言っている私が、どうしてマナーを知っているのかと言うと…。主人の影響です。

何度かデートをしているうち、『あのさぁ、恥ずかしいから、そういう時はこう食べてくれないかなぁ?』と、ダメ出しを繰り替えされて、私も覚えていきました。主人に出会うまでどんなにひどい食べ方をしてきたかなんて、恥ずかしくて書けません。主人及び主人を叱って下さった先輩に感謝しております。
タグ:海外駐在員
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2010年03月02日

聞きづらい、トイレットペーパーの疑問

面と向かっては聞けません。でも、聞きたくて仕方がないことがあります。子供の頃からそうしつけられてきたのでそれが当たり前だと思ってきました。女の子はトイレを使ったら最後に必ずトイレットペーパーを使います。間違いないはずです。

男性用トイレでは、紙が用意されておらず、使わないのが当たり前?特に日本なんて紙の無い国でもないのに、なぜ拭かないのか不思議です(でも、説明不要!)。ヘンな習慣だと思います(女性にとっては)。

道端に、或いは自宅のへいの前に、湿ったトイレットペーパーだけ落ちてたら、それはそれで、どう掃除して良いのか困り果ててしまいそうですよね。マナー違反のはずだけど、トイレが見つからないからって出先で立って用を足す男性が紙で拭かないのは少し理解出来ます。

アフリカでは、確かに公衆トイレを見かけないのですが、道端で(一応、通行量少なめの場所を選んで)用を足している人を見る割合が高いです。もちろん、治安の良い時限定の話ですが(治安が悪いと私が出歩けませんが、命が惜しければ無防備な姿をさらさない気がします)。

躾の良くない男性が大人なのに外で堂々と用を足す。発展途上国では全く違和感のない姿です。女性なのに(長いスカートを履いているけど)しゃがんでいるかと思ったら用を足している…という人がたまに居ます。小道の奥の我が家から出てきた私と目が合うと気まずそうに笑うので、それが恥ずかしいことだと認識しているようですが。

聞きたくなります。『紙で拭かなくていいんですか?』って。男性が拭かないのに女性が拭かなくちゃいけないという私の考え方は間違っていたのでしょうか?(答えを求めてはいません。)或いは、この国では女性でも拭かなくて平気なの?そう思って合点してみたこともありました。

ただ、トイレットペーパーが硬い時、メイドさんも硬いと言ってましたから、メイドさんも使っていたということですよね。やっぱり、少なくとも女性は普通は紙で拭くんじゃないか。…或いは、特別な時だけ拭いて通常は拭かないのか?『普通は拭くわよ、何を失礼な誤解してくれてるのよ!』って思われる可能性も否定出来ず、質問出来ないまま残っている疑問です。
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2010年03月03日

国際人の身内を狙う詐欺

ちょっと前に突然日本で流行した詐欺のスタイルには、『オレオレ詐欺』というあだ名が付きました。お年寄りのおうちに孫のフリをした若者が、『俺だけど、お金を振り込んで欲しい』って電話をするのだそうです。騙されないためには、用心深くなることと、身内の方は普段から連絡をマメにとって他人と自分と区別が付くようにしておきましょう…ってアドバイスがあったように記憶しております。

その後、それも含めて、『ふりこめ詐欺』ってあだ名を付けることになりました。詐欺師たちは、『俺だけど…』以外にも、還付金が欲しければATMに行って振込手続きをして来いだとか何とか言って、振込みさせる詐欺の総称のようです。

その中に、海外駐在員の実家を狙ったタイプの振り込め詐欺も出始めている…と、日本大使館職員の方から伺いました。『海外ならではの困ったことが起きたから、お金を振り込んで!』って電話をかけてくるのだとか。防止策としては、そういう電話がかかってきても信じないように連絡しておくことを勧められました。

発展途上国の中には海外からの送金を受け取る手段のないような地域もあるので、お金がなくてちょっと困ることがあっても実家に助けてもらう方法はないからね!と、私は連絡を入れておきました。よっぽどお金がなくて困ったら会社が助けてくれることでしょう。

新手の詐欺が最近出てきました。わかりやすいインチキだから騙されにくいとは思いますが。どうやってメールアドレスを入手したのか?知人の名を語る英文メールでした。どう考えてもお金を振り込めと頼んでくるような間柄ではないので騙されなかった例です。


前略○○様。

今、ロンドンの空港で親切な婦人のパソコンを借りてメールしています。(←公衆電話なら親切な婦人に借りる必要もないのに、なぜ敢えてのメールなのかが不明)

実は、空港で財布を盗まれてしまい、親切な婦人にお金を貸してもらいました。この婦人に返すお金プラス旅を続けるのに必要なお金をこの口座に振り込んで下さい。(←振り込み詐欺にありがちな結論ですが、日本から海外送金するのに少なくとも何千円かの手数料がかかります。手数料のかからない本国の身内でなく、日本のビジネスパートナーに振り込んでくれと頼むのが不自然すぎ)

急いで振込みお願いします。(←ありがちなダメ押しですが、他人に物を頼むのにメール1通だけって無作法にもほどがないですか?)


仮に自分がロンドンかどこかの空港で盗難に遭ったとしたらどうするか、考えることの出来る人なら大丈夫…かな?保険求償のために現地の警察から証明書を発行してもらったりするでしょうね。初対面の民間人にお金やらパソコンやらを借りることはないでしょう。

日本で帰りを待っている身内の方は、ひょっとすると海外に行ったこともなく、『海外→いろいろ大変に違いない→大変だから助けてくれって依頼が来れば当然言いなりにならなくてはならない』…という考えになっているかも知れません。自分だったら絶対に騙されないレベルの詐欺でも、自分の身内は騙されるかも知れません。

詐欺に遭わないように警戒するように、海外からでも時々連絡をとっておくと良いでしょうね。『お母さん?こっちは暑いよー。それ以外は特に変わりないけど、そっちはどう?』って電話がかかってたら、おかしなメールを受けた時に、メールの方がおかしいということに気付きます。メールのあとに電話があれば、『ヘンなメール送ってないよね?』って質問も出来ます。
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2010年03月04日

お疲れ様です

一般的な海外駐在員の妻にありがちな話ですが、発展途上国では専業主婦をして(=何もしていないとも言う)、日本に居る時は共稼ぎに出る一般的な主婦です。小さな子供が居る訳でもないので、在宅ではなく会社に通勤します。猛烈社員ではないのでヘタすれば一番最初に帰ります。黙って帰るのは感じ悪いので言いますね。『お先に失礼します&お疲れ様です』って。

これは挨拶として必ず覚えておかなくてはならないフレーズだと考えていました。フランス人にフランス語を習っている時に質問したことがあります。『例えば自分だけ先に帰る時とか、日本ではお疲れ様ですって言うけど、フランス語では何と言うのですか?』すると、『また明日とか、また来週よい週末をとか。』って見当違いな答えが返ってきました。日本語ペラペラなはずなのに、この受け答えだけヘンです。

怪訝な顔をしていると、言われました。『フランスでは、別れる時に疲れを労うような言い方はしません。普通にさようならとか、もっと前向きに、よい週末を、とか言うんです。』今日のこの段階ですでに相当お疲れですよねー、そんなあなたより先に帰ってしまうバチ当たりな私めをお許し下さい…っぽい発想は無いのだそうです。

さて、『お疲れ様でした』と、相手の労働を労わる挨拶が無いことを教わりました。私は毎日メイドさんが出社(ウチに…)する時、退社(ウチから…)する時、面と向かって立会います。内側から網戸のかけがねを掛けておかないと、蚊が入って来るもので。自然と、それが挨拶励行の習慣につながるのですが。

月曜から金曜までの退社時の挨拶は、『さようなら、又明日。』で、土曜は『さようなら、良い週末を。』と、言うことにしました。あと、私がちょっと買い物に出る時も網戸を閉めてもらうために必ずメイドさんに玄関先まで来てもらうのですが、無言で出るのもなんなので、お決まりフレーズを使うことにしました。『じゃ、またあとで。』(カタカナで書くと、ア、トゥタラー…なのですが、この発音では私のメイドさんにしか通じないでしょう。)

『疲れ』に、『お』やら『様』やら付けて相手の過ぎた時間の過ごし方を労う姿勢を見せる習慣の日本人。私たちだけ特別暗い民族なのでしょうか?中国語でも、『辛苦』(=苦労?)とかいう単語を入れて労う挨拶文があるそうです。極東に住んでいると後ろ向きの発想になるのでしょうか?あまり日本で、『また来週!』とか、『良い週末を!』って未来のことを想像するような挨拶をしながら退社する方はおられませんよね。
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2010年03月05日

メンタルヘルスについて思うこと

日本語で書くとおこがましくなってしまって都合悪い時、最近の日本人は外国語をカタカナ書きしてぼかしを入れる傾向があります。『精神上の疾患』って書くと、神経がデリケートになっている方にはキツイのではないかという配慮から、『メンタルヘルス』って言葉を使っているようです。

駐在に行く前、私はメンヘル、特にうつ病の発症を恐れていました。繊細で謙虚で責任感の強い日本人がなりがちな病気だと思います。友達の出来ない環境で、雨季はうっそうとして引きこもる生活になるとすれば、発症リスクは高いと考えられます。

不治の病の代名詞とも言われるがん(厳しい国で駐在すると発症リスクが高くなるという俗説が社内にあります)の場合、突然明日それで亡くなる訳ではないとわかっていることが多いでしょう。うつ病の場合は、突然明日いなくなることも考えられ、命の危険を伴う病気だと思います。

薬物療法がてっとり早いと思いますが、発症もしていないうちから日本で処方してもらうのは難しいと考えて、諦めました。発展途上国で出回っている医薬品は時として粗悪な(病気の治る効果がないのに肝臓にひどい障害を起こすものなど)偽物であることもあり、現地調達も少々不安です。もっとも、想定外で別な病気で処方してもらった時の薬は本物で、ちゃんと効きましたけど。

薬を使わないとすると、カウンセリングによる治療が考えられるでしょうか。英会話ですら若干のストレスを感じる程度の語学力の私、フランス語で癒されるのは無理かも知れません。そんな不安を抱えて、海外駐在準備中に主人経由で会社に確認してもらうことにしました。『そのような病気に対する会社側からのサポート体制を教えて下さい。』この質問状は、主人の判断により会社に届きませんでした。

ストレス社会と言える本社勤務の社員のメンタルヘルスに対しても、特にサポート体制なんてありません。なんで海外駐在員の、しかも家族の心の問題にまで、会社が事前に気を回してくれるのでしょう。私は、『会社の都合で環境が変わるのだから、会社が私のサポートを全部してくれて当然』って考えを持っていましたが(主婦ならではの都合良い解釈ですね)、主人はビジネスマンの平均的なセンスとして、そこまでしてくれる訳ないことを知っていたので会社に私の質問状を出さないことにしたようです。

仮に出していたとしても、『そんなサポートしてません』って答えが返ってくるだけだったと思います。ただ、現地での投薬に不安があり、専門のカウンセラーが居ないとすれば、素人であるはずの家族が命をすくう役になりそうです。環境ストレスと戦っている者同士、なかなか相手に優しくする余裕が出てこないかも知れませんが、家族の絆は大切にしておきたいものです。

気分転換にもなります。心の問題は環境が変わることで改善される可能性があります。どうしても駐在地に留まらないといけない!とは思わず、帰りたい時には帰って良いということを覚えておくと良いと思います。そのためにも、飛行機代相当のお金は隠し持っておきたいものですね。首都では航空会社のオフィスでクレジットカードを使ってチケットが買えますが、本当に出国すれば乗り換えの空港で飲食することもあるでしょうし、現金はやっぱり必要ですよね。
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2010年03月06日

ともだち

今となっては昔の話ですが、若い頃に地方から首都圏にお嫁に来ました。入社間もないうちに結婚する社員も少なく、社宅はちょっと年上の夫婦が多かったです。景気の良い頃は女子社員の採用も多かったらしく、社内恋愛で結婚した奥様が多かったと記憶しております。(以上、言い訳。)社宅で友達を作れませんでした。(※パーソナリティーにより、完成している社宅コミュニティにあとから入っても友達を作れる方はおられると思います)

ほどなくして、地元の仲良しグループの1人から電話がかかってきました。友達の居ない環境だと、電話が鳴るだけでも嬉しいものです。『○子ちゃんの披露宴、何着て行く?私の予定では…♪』『……。私、まだ呼ばれてない。あっ、首都圏まで郵便届くのに日数がかかるから届いてないのかな?あとでポスト確認してみよう♪』『いや、披露宴は来週だし……。ごめんね、余計な電話しちゃって…。』

習い事をしてみたり、仕事をしてみたりで、その場その場で友達を作りに行くという技を見につけることになりました。転勤族の妻になるということは、そういうことですよね。以前所属していた友達グループの結婚式に自分だけ呼ばれないという経験はその後何度もすることになりましたが、気にならなくなってきました。

アフリカに居る間、それを知らずにメールで知らせてくれた友達が居て、珍しく私が誘われたのにお断りすることになった経験が一度だけ。今思えば、実家にでも頼んで会場に電報を入れてもらう手配をしておけば良かったです。『アフリカの空に輝く南十字星に、お二人の幸せを祈ってます…』っぽい文章は、日本在住の友達には書けないでしょう。首都圏に行ってしまった私をわざわざ誘ってくれたのに、気を利かせられないだけの私で、申し訳なかったです。

海外駐在に付いて行く専業主婦の妻という立場でも、友達は出来ませんね。小さなお子さんが居ると、ママ友達というのが望む・望まないに関係なく出来るはずですが。失業率の高さを見ても、仕事に出て友達を作ろうという気が失せます。現地の色んな人と触れ合う機会はありますが、こちらが顧客であったり、使用者であったりで、友達ではありません。おそらく先方はかなり私に気を遣ってくれています。

現地人にむやみやたらとどこに住んでいるのか、どんな暮らしをしているのかを言ってはいけない、と、主人から言われています。自宅が犯罪の温床になることを防ぐためです。そうなると、言葉の問題もありますし、安心して付き合えるのは主人の会社の先輩だったり上司だったりする海外駐在員の奥様がた(先輩マダムたち)だけということになります。実際、私は実の姉のようにしたっています。本当は、夫の会社の先輩の奥様だったら、もっと緊張して接するべきなのでしょうが。

全く緊張せず、完全に頼りきって接してはいますが、さすがに私の立場から、『彼女は私の友達です』…とは言えません。先輩マダムのママ友達の一人に、『どういう関係なの?』って聞かれた時は、『彼女のご主人と私の主人が同じ会社で働いています』って答えました。語彙が少ないのでこんな表現でしたが、ビジネス英単語のボキャブラリーを増やしておいて、上司とか部下とかいう説明が出来る方が良かったでしょうね。このままでは同僚みたいに聞こえてしまいます。
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2010年03月07日

親しげな仲にも壁あり

2児の父親とは言えまだ若く、人なつっこい性格の門番。小さい子供とか犬には人気です。サボってばかりなので大人には不人気ですが。物を盗むとかいうことはしないので、ある意味信用出来る人ではあります。仲間を大切にするので、同僚や我が家のメイドさんからも人気があります。小学校の時同じクラスに居た、体育だけが得意科目!みたいなお調子者タイプですね。

勤労意欲が低いのでしょう。おしゃべりが大好きです。言葉の壁をのりこえて、私にもいっぱい話しかけてきました。アフリカについて、一つの国の中に違う部族がいっぱい居るということ、ケチな派遣会社に給料あげてくれって言ってよーとか、いろいろ。

お調子者らしく、図々しい。『2人目の子供が出来て、俺の奥さんのお腹、今、こんな感じなんだー。』ふーん。『今、日差しがきついでしょ?』熱帯は雨季以外きついけど、ふーん。『時々病院に検診に行ってるの。』だから?『日差しが通らないようになる傘ちょうだい。』くれてやってもいいシリーズとして、百円のビニ傘は大量に持ってきたのは確か。見せてみると、『それじゃあ暑いじゃない。』仕方ないので百円で奇跡的に買えた色つき傘をプレゼントしました。大喜びしてましたね(発展途上国では専用の日傘を使う人を見かけません。雨傘を日傘代わりに使う人はたくさん居ます)。

その奥さんが赤ちゃんを連れて、うちに来たことがあります。『マダム、かわいい赤ちゃんでしょ?』はいはい、奥さんもお綺麗ですね。『記念に写真撮ってあとでちょうだいね。』はーい。ところで、どうして今日は?『この丘の向こうに病院があって、歩いて行くと近いの。』私もお世話になった大きな病院です。『上の娘が病気でそこに居るから、会いに行くんだ。』え?

私の配給する門番用ビスケットのお持ち帰りを楽しみに待ってくれている、まだ小さいお嬢さんのことよね?幼いのに入院するとしたら、結構重い病気なんじゃないの?大丈夫?その日は詳しい話を聞けませんでした。

メイドさんにあとで聞いてみました。『彼のお嬢さんがあの病院に入院してるって知ってる?』みんな知ってるそうです。『病気なの?』暗い顔でウンというだけで、詳しく教えてくれません。貧乏駐在員っぽい暮らしはしてるけど、脳外科手術を受けないと助からない子供のために人肌脱ぐような、本当は大金を隠し持っている夫婦なんだよ。そういう病気なら言ってよ!…と、思ったものですが。

図々しい彼のこと、お金で解決出来る問題なら、遠慮なく言ってたことでしょう。エイズ流行地とも聞きますし、小さなお子さんが不治の病にかかる可能性もあります。お金があれば治る病気なの?治らない病気なの?気になるので、たまに門番には、『ご家族は元気?』と、曖昧な質問をするのですが、『うん、元気。ところで…』と、いつもきちんと答えてくれず、気になるばかりです。

聞いちゃいけないんだろうなぁ…と思い、『元気?』と、聞くのは諦めました。門番はおちゃらけながら毎日のように働きに来ますし、最悪の事態にはなっていないであろうことは想像出来ます。
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2010年03月08日

駐在員夫人の葬儀

発展途上国から無言の帰国をされた奥様の葬儀に参列したことがあります。まだ海外駐在をしたことのなかった私には、色々と考えさせられる機会となりました。日本に居ても事故に遭う可能性はゼロではないので、海外赴任に付いて行くことがあの世への片道切符を手にするという意味ではありません。それでも、それなりの覚悟はしておくべきだと思いました。

熱帯ということもあり?衛生上の観点からでしょうか?飛行機にご遺体を乗せずに現地で荼毘に付すことも多いようです。私はこだわりを持っておりませんが、絶対に土葬がいいとか強い思いを持っている方は、その旨を周囲を知らせておくべきかも知れません。

友人を代表して…というお別れの言葉を述べた女性は、上司の奥様でした。同級生とかママ友達とかとは何年も会えない状態だったので、上司の奥様が代表すべき友人になったのでしょう。駐在中のエピソードを聞きながら、先輩マダムとなる方は駐在中の友人代表になるということなのか…と、まだ見ぬ世界を思いました。

別な方々からも、『また駐在に行けるって本人がとても喜んでいた』ってエピソードを何種類か聞かされました。何度も渡航して危険な所だと知っているはずなのに、本当に喜んでいたのか?と、当時の私は懐疑的でした。

実際に来てみると、文化も何もかも違って戸惑うことの連続ですが、第二のふるさとだと思えるぐらいになりました。この国に来たことで一生後遺症が残ることがあっても、やはり私はこの国に来られたことをありがたく思うのでしょう。故人が駐在決定を喜んでいたというエピソードは事実だったということを、何年かたってから悟りました。

若い方が亡くなるというのは悲しい出来事です。特に何度も泣けるのは、葬儀の時に小さなお子さんがはしゃぎ回っていた光景を思い出した時です。最愛のお母さんを亡くしたことすら理解出来ないような幼いお子さんが不憫で仕方ありません。

その後、ご主人は育児のため残業も出張も出来なくなり、以前とは違う業務につくようになりました。駐在員の家族の死は、会社の人事にも影響します。命より大切な物は無いということを頭に叩き込み、『誰の役に立たなくても良いから生きて帰るんだ!』と、決意して、私は日本を離れました。
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2010年03月09日

三セクの役得

発展途上国の公務員は、だいたい信用出来ません。警官がむやみやたらと検問をして外国人の運転する車を止めるのは、小遣い稼ぎをするためです。裁判官は良心によらず、賄賂によって判決を下します。例外があるのかも知れませんが、私は例外の方を見たことがありません。ま、どこかにあるのでしょうが。

外国人が入国する際にはスーツケースを開けろと言われ…何かを盗まれるので目を光らせて見ておかなければなりません。ナメられると別室に連れて行かれてカツアゲされる恐れがあります。疲れた顔を見せない、毅然とした態度でそれに従う義務はないはずだと主張する…等の対処法があることは以前書きましたが。

輸入品は通関してから国内に入ってきますが、そこの職員は平気で物を盗みます。でも、何度も日本からの荷物を受け取ってきた私は、あまり被害に遭っていません。自分の物だと、箱買いしたカップうどん(きつね)を1個、ダンボールを破って盗まれていたことぐらいです。

なぜ、こんな国にあって通関時の盗難被害が意外に少ないのか。その原因の一つが、主人が通っている会社の仕組みの特殊さです。日本の企業・現地の資本家のほか、現地の国家も株主となって起業しました。国家寄りの会社の人と言うことで、通関する時に、『盗んだら承知しないぞ!』と、文字通りにらみを効かせられるぐらいに近づけます。

些細な役得でしたが…なくなりました。急に、国家は引き上げるから出資金を返すように言い出しました。返すべき金額のことは大した問題ではありませんので、営業は続けることが出来ました。ただ、今まで当たり前に使ってこられた土地が、『国有地につき立ち入り禁止』として使えなくなったり、元第三セクターである日本系合弁会社の周囲の風向きが変わってきたことを感じるようになりました。
タグ:発展途上国
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2010年03月10日

地味に日本車たたき

特に親日家が多い国ということもありません。入国してくる観光客の国籍のベスト10なんか調べたら日本は入ってくるでしょうが(海外旅行に行ける人数が多いからであって、国同士が親密という意味ではありません)。特に日本を嫌う国ということもなかったはずです。経済的に支援してくれてる国ベスト3に日本は入っているはずですし(あまり有難がられている実感はありませんが)。

日本人駐在員がワンサカ居た蜜月時代、日本の企業が田舎町で大量の雇用を創出し、かなり感謝されていたのだそうです。日本の本社も儲かっていたので、状態の良い日本車をどんどんアフリカまで送ってくれました。当時はわざわざ買って送ってくれていたそうです。ちょっと状態が悪くなった時に次の車が来ると、日本人駐在員用が第三国駐在員用になって、第三国駐在員用が現地人管理職用になって…と、前よりマシな車がお下がりになりました。その延長線で?町には古い日本の車が流通しています。

アフリカで、旧宗主国がフランスですから、ルノーとかフランスの車(…で、ボロくなったもの)がたくさん走っています。多分、現地で買い求めやすいと思います。それでも、日本の本社は日本の車を送ってくれました。買えなくなると、元駐在員から寄付された車とか、駐在員が日本で働いていた時に乗っていたマイカーとかが送られてくるようになりましたが。

右ハンドルに慣れている日本人駐在員にとって、日本車はありがたい存在です。フランスがそういうルールなので道路は右側通行、走っている車の多くは左ハンドルですが、そんな中でも、やはり右ハンドルが運転しやすいのです。それに、日本の車のほとんどはオートマで運転しやすいし、やはり日本製は信用出来ます。…それなのに、ボローレルとかボローバードとかヘンなあだ名を付けて乗ってました。すみません!

そうやって機嫌よく日本人は右ハンドル車に乗ってきたのですが、唐突に国からお触れが出ました。『来月から右ハンドル車は公道を走ってはいけないものとします。今月中に左ハンドル車に改造しなさい。』右ハンドルだったせいで事故が起きたなんて話、聞いたことありませんし、何コレ?日本車叩き?

車はプロに任せれば、日本車でも左ハンドルに改造してもらえるのだそうです。左ハンドル車の運転に自信のないマダムは、発展途上国価格で運転手を雇うことも出来ます。対処出来る話なので大げさに取り上げる必要はなかったのですが、何だか日本は歓迎されなくなってきたな…って思えるエピソードの一つです。
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2010年03月11日

士気低下後の本気

アフリカ駐在の風向きが悪くなってきている雰囲気は、特に仕事に関わっていない私でさえ、何となく感じるようになってきました。ベテラン駐在員のみなさんが、『景気の良かった頃はこんなだった』…と語られる昔話を聞くにつれ、時代が変わったことに気付きます。例年、現地法人社長職として駐在してくる日本人の任期は長めのはずですが、我らが社長の任期は予想していたより何ヶ月か早く終了するとのことでした。後任の社員さんの都合なども引継ぎの関係で考慮しなくてはならないものですが。

『社長がもう任期終了か…』と、意外なお知らせにみんなで驚いていた頃、その社長本人が首都から出張して来ました。そして、主人に言いました。『日本から連絡が入った。日本人駐在員の数を一人減らすことになった。時期はあとで決まるが、帰国してもらう。』一時帰国したら百円ショップでアレもコレも大人買いして戻って来よう♪と、楽しみにしている妻(=私)に伝えづらい通告でした。

あんまり腐っているので、普段クール目の先輩駐在員さんが優しく声をかけて下さったそうです。『こんな状況だから仕方ないんだ。お前の仕事が出来ないから帰すってことだと思ってるとしたら、それは間違いだからな。』嬉しい評価をして下さいましたが、それでも腐っていました。

通告から1週間ぐらいだったでしょうか。突然、停電地獄が始まりました。かろうじて救急病院にだけは電力の供給をしていましたが、それを除く州全体から電気が消えました。そんな事態も想定して、会社は自家発電のための立派な機械を多数持っています。宿舎にもわりと立派な自家発電機があります。駐在員の家にはありません。

1日停電して終わり…ってものでもなく、なかなか電気が来ないので、会社の運営の仕方にも工夫がいるようになってきました。単純に、『海外駐在員になってみたかった』…という動機ではなく、この国が好きだからアフリカに駐在したくて入社したという経緯があります。帰任命令が出て落ち込んだりもしたけれど、主人は非常事態を乗り切るための最大の努力をすることに、心を決めたのでした。
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2010年03月12日

思いっきりフられる

通常、後任駐在員の居る場合は、メイドさんを引き続き雇ってくれるようにお願いしておきます。後任に家を譲って自分たちは引継ぎの間ホテル住まい…ということにもなり、メイドさんにとっては職場も仕事内容もそのままで、お給料くれる人が変わるだけという話に。首相官邸もそんな感じかしら(全くご縁のない世界なのでよく知りませんが)。もちろん、手癖が悪いとか色々問題があれば、退職金を払って辞めてもらうことになりそうですが。

私たちには後任の駐在員がおらず、家はからっぽにして大家さんに明け渡し、同時にメイドさんも失職することになります。日本人家庭でメイドをするとお給料が良いのだそうで、フランス語のみならず英語も習うような幼稚園に子供たちを入れて教育費にあてているそう。今の仕事がなくなったら困るでしょう。先輩マダムの家は既にメイドさんが2人も居るし、宿舎のメイドさんたちの輪の中にも入りづらそうで無理。うーん…。

第三国駐在員の奥様にも様子を伺ってみよう♪日本人駐在員が乗れないと言ったボロ車のお下がりに乗ったり、『歴代日本人駐在員に甘やかされて手癖も悪いメイドを何度も押し付けられたきた』…と、文句を言ってきた人ではありますが、いいメイドさんなら居るんです。求人の予定がないか聞いてみましょう。

社長の帰任が決まったということで、お別れパーティーが開かれました。会社所有の庭付きの家でガーデンパーティーです。お料理は宿舎のメイドさんたちが集まって用意してくれますが、そのお手伝いに自分のメイドを連れてくるように言われました。ちょうどそのパーティーに第三国駐在員夫妻も呼ばれているので、私のメイドさんと初顔合わせが出来ます。

片付けの途中でちょっと抜けて挨拶するように言われて私に付いてきたメイドさんは、かなり緊張しながら、第三国駐在員夫人に挨拶しました。それに対して、夫人は超!威圧的でした。まだメイドさんには私たちが日本に帰ることを伝えてないし、とりあえずは、『こんな駐在員も居るんですよー』ってことで、顔だけ覚えてもらうことにしました。

後日、メイドさんの居ない所で、『もう一人メイドを雇うことは出来ませんか?』って聞いてみましたが、『雇えるけど、ウチは日本人駐在員と違って高い給料は出せないよ。1日○フランが上限。但し、食事のまかないはあるから。それ以上は出せない。』…とのこと。こりゃまた随分安いなぁと思いながらメイドさんに聞いてみると、『それでは生活が成り立たないから、その家では働けません。』とのことでした。

そう言うのを見越した日給の提示だったのかも知れません。断れない立場だからって今まで何度も日本人の家で働いてきたメイドを押し付けられて嫌な思いをしてきたから、相手から断られるように仕向けたように見えました。確かに、けっこう甘やかしてきた気がするし、家族のようにかわいがってきました。こんな威圧的なマダムの下で働かせるのはカワイソウ…と、私も思ってしまいました。

…そういう利害関係が絡まない時は、親切で優しい奥さんなんですけどね。
タグ:駐在員
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2010年03月13日

賃貸住宅ですから

帰任命令が出てしまってから突然の非常事態(停電地獄の始まり…と、私は呼んでますが)により、主人の駐在期間は命令した時点での予定より随分長くなりました。私としてはかわいいメイドさんの今後の職を見つけておきたいし(コネなんかないのに…)、いきなり帰れと言われて追い出されるよりは良かった気がしました。

ところで、契約書を見ていないので詳細はよくわかりませんが、自宅は駐在の途中で賃借契約が切れるのだそうです。そこを何とか私たちが居る間だけ延長してもらえないものでしょうか?大家さんだって長く入ってくれる方が喜ぶと思うのですが…借主である会社サイドでダメとのことでした。

後任の社長職に当たる主人の会社の先輩は、駐在員に非情なことを言いたくないというポリシーを持っていました。『俺が昔ここで駐在していたと時は、会社の都合で家を追い出されたのに、ホテル代が自費で経済的に結構キツイ最後だった。お前にそんな目は遭わせないからな。』…という訳で、賃借契約終了後駐在終了までのホテル宿泊代は会社が負担して下さるそうです。

日本ではそういうやり方はとらないのでしょうが…。住んでいる最中に大家さんが居住中の私たちの家の中を見て、修理代をいくら出してもらうのかを計算しに来るのだそうです。家賃を払ってくれているのが会社なので、まぁ会社が契約している相手がそう言うのなら仕方ないな〜としか思いませんでしたが。家賃を正当に払っている途中なのに自宅にズカズカ入って来られるっておかしくないですか?

何かヘンとは思いましたが、アフリカではそれが当たり前なのかも知れませんし。甘んじて受け入れることにしましょう。見て見ぬフリはしてましたが、門番が勤務中にタバコを吸ってそのすいがらを庭にポイ捨てしていることは知っています。あと、私のあげたビスケットの空袋が庭に落ちていて、真面目な門番の昼シフトの時までそのまま放置されていることにも気付いています。そういうのを放置していると、『借家を大事に使ってます』って感じが出ないので、修理チェックの目が厳しくなるかも知れません。
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2010年03月14日

不思議なご縁?

結構前の話ですが。メイドさんに言われたことがあります。『マダム、昨日買い物に行った時に…』えっ?なんで家で留守番してたのに知ってるの?『昨日パン屋さんの前で話しかけてきた男性は、私の父です。私は宿舎で雇われている門番の娘なんです。』日本人宿舎に勤める父親が居たので、幼い頃から日本人駐在員を見てきたのだそう。やっと落ち着き始めた契約社員さんがやんちゃしてた頃のことも知っているのだとか。

主人の上司の家のメイドさんの紹介で、こちらの提示した条件(今までメイドしたことがないこと、真面目だと保証できること、若いこと…その理由は、メイドさん募集のコツにて掲載)に適った女の子を雇うことになったといういきさつがあり、2人が従姉妹同士だと言うことは聞いていました。日本人駐在員の家のメイドさんの従姉妹というだけでなく、日本人宿舎の門番の娘だったとは。誰もそれに気付いていませんでした。

主人の上司の家で使わないタンスがあるからって譲って頂いた時、ついでにキレイめのいらない紙も分けて頂きました。去年か一昨年のカレンダーで、会社が取引先に配るために作った豪華カラー刷りのものでした。それを木製のタンスの中敷にするために折っていると、メイドさんが言いました。『その紙だけ私に譲ってもらえませんか?』

『私たちは、こんな爽やかな会社で働いています!』っぽいテーマで従業員が働いている様子を撮った写真がカレンダーになっているのですが(取引先がそんなのもらって嬉しいのでしょうか?)、特に欲しい1枚って何なのでしょう?

『この真ん中に写っているのは、私の友達なんです。私も結婚して子供が出来るまでここで働いていました。その時の同僚です。』まだまだつながっていたご縁があったようです。会社関係者でしたか。持ってきたカレンダーを全部出してきて、『ほかに知り合いの写ってる写真ある?』って見てもらいましたが、その1枚だけだったそう。その1枚を大事そうに持って帰っていました。友達にあげるのか?自宅で大事にとっておくのか?

町全体が、この会社の城下町のような感じなので、そこで働いていた人なんていっぱいいるのでしょうが。男性も女性も、たまに人は雇っているみたいですが、肉体労働が結構きついのだそうです。事務職だとラクそうに見えますが、首都の大学出た人ばかりが事務職になるようで、ずっと地元に居る人はキツイ仕事にしかありつけないようです。
タグ:駐在員
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2010年03月15日

解雇通知のお作法

経営者はしばしば、労働者の気持ちを忘れがちなものです。転勤族の妻である私は定職に就かず、いつ仕事がなくなるかわからない状態での短期雇用契約を続けてセコセコ稼いできました。その時の気持ちは忘れずに、自分で雇っているメイドさんと接しなければならないと思いました。

特に私のメイドさんの場合は、サラリーマンではなく無職の男の妻なので、ある意味、家庭の大黒柱とも言える稼ぎ手です。まだ幼い子供たちや愛する夫の生活を支えてきた仕事がなくなると、結構狼狽すると思います。

ウチのメイドさん引き続き雇って下さいって頼めるアテはありません。主人によると、肉体労働系の仕事なら、本当は募集してないけど会社に無理を言えば1人ぐらい雇ってもらうようには出来る…とのことでした。メイドの仕事と違ってキツそうですが。

再就職先を私たちが決め付けてしまわずに、しばらく就職活動をする時間を持ってもらうようにすることも出来るでしょう。社会保険なんて当然入っていませんでしたが、失業手当みたいな感じで、就職活動に専念するための生活費を支給します。

失業保険と違う所は、早く仕事が見つかっても返す義務がないことと、毎月申請しなくてはならないのではなく、最初にまとめて一括払いすることです。わりといい条件だと思います(自画自賛)。重要なのはその金額ですが、今までの月給の約3ヶ月分強としました。それがキリのいい大金であったのが、そこに落ち着いた理由です(あまり深い考えはありませんでした)。

他の日本人マダムたちに、メイドさんの退職金の相場を聞いてみましたが、確答は得られませんでした。先代の雇っていたメイドさんを引き続き雇っているだけだから知らないし、だいたい、まだご主人は駐在任期中なので経験がない、とのこと。退職金なんてのは気持ちなんだから、サウンジャが好きに値段を付ければいいとみなさんに言われました。ちょっと高めだけど気前良く出します!って、他の日本人マダムたちにはその金額を事前に言っておきました。参考になるかも知れませんし。

経済的な不安を拭い去るに十分な退職金を最終日に渡すという確約と、主人のコネで再就職先の世話は出来るけど自分で好きな仕事に就いても構わないということの2点を強調して、主人の駐在任期満了に伴ってメイドさんが失職する旨を伝えることにしました。機嫌よく働いてくれているので、言いづらいですが。
タグ:駐在
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2010年03月16日

日本に帰るという意味

自分で自分が数ヵ月後にどうなっているのか把握出来ていない状態で、使用人たちにはこう伝えてありました。『いつまでになるかはわからないけど、日本人駐在員がアフリカに居る間、ここで働いてもらう。』って。そして、周囲から日本人駐在員がどういう働き方をするのか聞いていたことでしょう。

だいたい11ヶ月強駐在して、1ヶ月弱帰国休暇をとります。これを3回ほど繰り返すと、交代要員一家がやってきて、1ヶ月ほど引継ぎをします。帰る人たちがホテル暮らしになって家を明け渡す場合は、使用人はそのまま引き継がれがちです。

ところが、私たちは1年たっても帰国する気配がありません。旧宗主国フランスの影響で、『コンジェ』と呼んでますが、バカンス(長期休暇)を誰でもとるものです。メイドさんはそれを全くとらずに平日は毎日(クリスマスだけ休みにしました)働きます。門番の中にも、一度もコンジェをとらない者が居ました。

『非常に残念なことですが、私たちは日本に帰ることになりました。』英語のリグレッタブルっぽい単語がフランス語にもあるので、残念そうな熟語を冒頭に入れて、ことの深刻さを印象付けようと試みました。いつもの私だと、『私、帰る。日本。』…みたいなフランス語で、意味が通じませんから。こんな大事なこと、質問しまくってようやくわかるってのもおかしいでしょうし。事前に紙に書いて何度も暗唱したのです。

高収入のお仕事にも慣れてきたメイドさん、さぞかし残念がるだろう…って思いましたが。『あっ、そうですか。具体的にいつ帰るのか日にちは?あら、決まってない?はいはい、わかりました。』っぽい感じで、さっさといつもの家事に戻ってしまいました。うーん、あのアッサリさ、確実に、『初めての一時帰国でしばらく家を空けるからよろしくね』っぽい意味だと誤解されたようですね。
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2010年03月17日

涙のワケ

雨季のテラスは外干し出来ない洗濯物でいっぱいで狭いのですが、その頃は乾季でした。熱帯と言えど、乾季の日陰は暑さをあまり感じません。私はテラスに出したテーブルセットに辞書や参考書を広げてフランス語(特に文法)の勉強をする習慣でした。

試験合格のための勉強ももちろんしますが、必要に迫られて作文するための勉強も渋々することがあります。大事なことを伝えないといけない時、現地語でのコミュニケーションは諦めるとして、英語や日本語は原則使えない国なので、フランス語を使わなくてはなりません。

私はテラスで辞書類を広げながら、『十分な退職金の支給を約束する』『主人のコネを使って、メイド退職後すぐに働くことも可能』『自分で職を探しても良い』…と、伝えなければならない大切な言葉を再確認していました。そこへ、メイドさんが戻ってきました。

『マダム、さっき日本に帰るって言ってたのは、日本に行ったら二度とアフリカに戻って来ないという意味ですか?』熟考したのか、『マダムがもうじき日本に帰るって言ってたわー』って門番にでも話した時に指摘されたのか、その可能性があることに気付いたようです。『その通りです。日本に帰ったらパトロンは東京で働きます。』

…で、さきほど復習した大事な話をしようと思ったのですが、突然メイドさんは泣き出してしまい、『わかりました。ありがとうございました。』とだけ言って、泣きながら走り去ってしまいました。やっぱりショックですよね。……。

何がショックなのかしら?私と会えなくなることがショックなのかと思ったけれど、もしかして、今までのようないい暮らしが出来なくなるのがショックってだけ?ねえっ、なんで泣いたのよ?…無理矢理問いただしたとして、立場上、『そ、そりゃあ、マダムと会えなくなるのがショックなんですよ。マダム=金づるだなんて思ってませんから。』って意味の答えしか出来ません。何より、そんなことを本人に聞くのは野暮です。

私という人物との別れが原因なのか、いいバイトがなくなることが原因なのか。一体どっちなのか気になって仕方なくなり、居ても立ってもいられなくなりました。本人に聞くのは最低だと思い、時間があって言葉の通じる相手でメイドさん以外の人と言えば先輩マダムしか居ませんし、唐突に今までのやりとりを話し、見解を求めました。

『そりゃあ、サウンジャちゃんとお別れするのが寂しいって気持ちがあったと思うわ。』ご主人には、私の主人に、『お前の仕事が出来ないから帰すってことだと思ってるとしたら、それは間違いだからな。』って言って頂き、マダム同士ではこんなことを言わせております。本当に手が焼けるというか、面倒臭い後輩駐在員一家です。
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2010年03月18日

緊張の一日

発展途上国だからこそ起こり得る事態だと思いますが、遅滞なく家賃を払いながら住んでいる最中の私達の家の中に大家さんがチェックしに来ます。この時に、『こんなに壊したんだから退去する時にいくら弁償してね』って額が決まります。日本では確か、退去の当日にそんなイベントがあったような気がします。敷金がいくら返ってくるかの決まる瞬間なので、退去の日までに壁の汚れはうまく誤魔化しましょう…っぽい話を聞いたことがあります。

まだ住んでいる最中に来られても、入居者としては迷惑な気がします。また、チェックのあとに家を壊したり汚したりされたら大家さんも困りません?荷物を全部出して鍵を返す時に現場でチェックすれば不公平もなくて良いと思うのですが。おかしい、おかしい…と、日本の常識を持ち出しても仕方ないので、郷に従うことにしました。

会社の方には言われてました。『昔の駐在員の○○さんが借りてた時の大家はすっごくセコくて嫌なヤツで、ひどい請求を受けたものだよ。ベルナルドさんは知る限りこの地域で一番おおらかな人だし、その息子(=相続人)も大らかだから心配いらないとは思うけど。でも、一応、気を付けてね。』

家を引き払う日よりも重要な日であること、及び、当日は決して庭にゴミなど放置しないこと、大家さんが来たら一同愛想よく挨拶すること、その日に向けて雑草もきれいにとって最高の状態を見せるように努めること…などを、私のつたないフランス語で書きました。それをメイドさんに現地語訳してもらいます。

出来る限り最高の状態で我が家がキレイな時に、大家さんがやってきました。もともとボロっちい箇所の多い家ではありました。あっちこっちに穴が空いていたり、雨漏りしたり、隙間があったり、壊れていたり。『寝室の窓のガラスが割れたままなのもひどい!』※鉄格子が入っている窓なので、防犯上の問題はないけど、雨季の大雨が寝室に入るなどの被害があります。って言ったことがありますが、『実はサウンジャがこっち来る前に…』主人が自分でウッカリ割ってしまったのだそうです。そこは請求されたら払うしかないでしょう。

寝室にエアコンを付けるために、石膏ぽい素材の壁をぶち抜いて工事していました。およそ縦30cm、横120cmぐらい。重たいエアコンを壁からぶら下げるのではなく、壁に開けた穴の断面に置くスタイルがありがちなエアコン設置方法です。前に住んでいた人が一旦ぶち抜いていたのをあとから違う色のペンキを塗ってふさいだわかりやすい所だったので、穴を開けるのは簡単だったようです。

そのエアコンは会社で緊急に使いたいのにエアコンがなくて困っていると聞いた時に、『とりあえず我が家のを使って下さい』って言って持っていかれたまま。穴は埋まってません。代わりのエアコンを買ってもらえるという話もありましたが、停電ばかりで頼りにならないし、雨季の暑い時期でも何とか工夫して我慢出来たし、諦めてました。

ずっと壁に穴があいたまま。鉄格子に囲まれたテラスに面した壁なので、防犯上の問題はありません。ただ、テラス経由で蚊がいっぱい入ってくるので、丸めた新聞紙で穴を塞いでいました。なぜペンキで埋めなかったのかと言うと、もしかすると電力が再び安定供給されて、もしかして会社が代わりのエアコンを買ってくれる日が来るかも知れないので、その可能性を塞ぐようなことをしたくなかったのです。結局、そうならなかったのですが…。あいたままの壁に、丸めた新聞紙が丸見え。

大家さんはボロっちい我が家を見渡して、『きれいにお使いですね』っぽいこと言い、『寝室の壁に穴があいてるのだけ塞いでくれたらそれでいい。』って言ってくれました。割ったガラス弁償しなくていいんですか?みたいなことは触れず、『わかりました。必ず壁を直しておきます。』と、神妙な顔で約束しておきました。…ラッキー♪

家中をピカピカに掃除してくれた上、門番たちにも徹底して庭をキレイにするように指導してくれた、メイドさんのお陰です。まあ、窓ガラスが割れていても気にしない大らかな大家さんだったので、仮に私たちが汚く使っていたとしても、何も弁償しろと言わなかったような気はします。
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2010年03月19日

お互いに、いい人

だいたい私は自宅に居ます。早朝にテニスやら買出しやら行ったら、あとは暑いので屋根の下で過ごしたいのです。別に外ですることもありませんし…。有り余るフランス語テキストの数を減らして帰国するために、テラスでまとめの作業をしていました。ノートに要点を書き出すことで、何か賢くなったような気すらします。帰国後の社宅が狭くなるのも防げますし、いいことです♪

そんなふうにして自宅に居ると、車がおだやかにやってくる音が聞こえました。主人は四駆で砂利道を飛ばしてくるのでかなり遠くからでも帰宅してくるのがわかります。その音を聞いて居眠りしていた門番が慌てて門を開いたりするものです。私の運転はセダンをソロソロ〜なので、気付きにくいものと思われます。

車は我が家に入ってきました。先輩マダムの車とも違いますが、門番が門を開けて招き入れたのだから、不審者でもないのでしょう。何の警戒心も持たずに玄関に出てみると、もうすぐこの州に駐在する予定の日本人が再度来て下さっていました。前回、隣の家を見に来た時に一緒に居た不動産業者さんと一緒に。

『あら、いらっしゃい。まだ住む家が決まってない?ウチは出て行く予定なんです。空き家になりますから、引き続き住みませんか?中をご案内しますよ。』ボロくて居住中の自宅を内覧させる店子…私は何ていいお客さんなのでしょう!もうすぐ駐在するという日本人に特にお近づきになりたい理由があったのも事実ですが。

『あの不動産屋さんがいい人で助かっているんです。車が必要で運転手も必要って言うと、両方ともちゃんと見つけてきて紹介して下さったんですよ。』紹介された人からバックもらっているとしたらいい人かどうか微妙かも知れませんが。しかし、必要な時に必要なものを見つけてくれる人は、少なくとも都合がいい!そして、自分の紹介した中古車屋さんなり運転手さんなりを喜んで気にいってくれて感謝までしてくれるお客さんは、いいお客さんです。

『ご自宅で雇うメイドさんは決まりましたか?』『いいえ、まだです。』キラーン!私の目が光りました。『ウチのメイドさん、雇って下さいませんか?何時から何時で日給いくら交通費無しで来てもらってます。欠勤したことありませんし、体調が悪くても無理して来ます。真面目に働いてくれてフランス語も上手、今まで一度も家の中の物がなくなったことがありません。私がいくつか日本料理を教えました。そのレシピ本も持って行かせます!よろしくご検討下さい!!』

家探しの件と、メイドさんの件、両方とも保留とのことでした。また近いうちに来て下さるそうです。家に関しては、私たちが退去してからの話なのでこちらに言われる問題ではありませんが、メイドさんの職が優しそうな日本人の家に見つかれば私も安心出来ます。

その日本人は、現地語もフランス語もペラペラ。というのも、首都で駐在していた経験があるのだそうです。金銭感覚が首都在住のままになってしまっていて、何でもかんでも『安い!』って思われるそうで。メイドさんの日給まで、『随分安いのね!』っておっしゃってました。この州では高い方らしいのですが。現地の人が『高い』と思う給料を『安い』と思いながら払って下さる方のところに、決まればいいなと願いました。
タグ:駐在
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2010年03月20日

うるさい車

駐在前には会社から勧められていました。『今使ってる車、アフリカに持ってったらどう?ちゃんと値段付けて会社で買い取る形にするから。』今、思えば、現地に車が足りないことについての最善の対策だったのですが…。私は結構自分の車を大事にしていたので、断りました。舗装もされていない悪路を走らせるなんてカワイソウ過ぎます。

海外駐在に行く人が普通とらない選択肢ですが、私は愛車を自分の実家に預かってもらうことにしました。ガソリン入れるなりそれなりに痛んできたらそれなりの部品交換するなり、良きにはからえ…という感じで。普通は、売ってくるものだと思います。預かってくれる所はなかなか見つからないでしょうし。それを、自分で使い続けることが出来て、尚且つ会社が買い取る形にしてくれるなら、普通は承諾するのでしょう。

そういう普通の形で承諾した方がおられました。…が、それが少々うるさい車だったそうです。一応、日本でも車検に通る状態の車だったはずです。少々ヤンチャな町の国道沿いあたりに行くと、うなりながら走る車を見ることがあると思いますが…意外に一般人がうるさいと感じるような音を出すマフラーでも車検に通るみたいです。私は実際にその音は聞かなかったのですが、そういう種類の音で、見た目もそっちっぽい改造を加えた車だったのだとか。

現地の人たちは車の状態が悪いことなんて気にとめないと思いますが、日本人駐在員は気にします。サラリーマンとしてちょっと…という車に乗っていると、『ちょっと…』と、噂されるようです。突然アフリカに転勤の辞令が出て愛車を持って行く可能性があるのがサラリーマン。もう社会に出ることになったら、ノーマルな車にしか乗らない主義にするのが良いかも知れません。私はサラリーマンの妻となるにあたり、うるさい車は卒業しておきました(笑)。

主人が海外駐在員本人用として用意してもらった車は、うるさいです。それは改造しているからではなく、舗装されていない悪路を四駆のスピードを上げて走ってくるからです。私の駐在員夫人用として用意された車は全然うるさくありません。オートマチックのセダンをソロソロと走らせるだけなので、悪い道でも大した音が鳴りません。

主人は、音がうるさいお陰で、帰宅する時には完全に門を開けてもらえるという特典があります。私の車は静かなので、『今すぐ開けますので少々お待ちを…』っぽいタイミングで門の前に来ます。主人の車が夜間静かにやってきて突然、門の前に現れた時は、門番が大慌てで出てきました。おそらく、『いつもの音が聞こえないぐらいに爆睡してたっけ?』なんて顔をしながら。

運転手の顔を見て、彼らの目は覚めたかも知れません。たまには私もマニュアルの四駆を運転します。日本で免許とってましたから。私の車が走行ほぼ不可能状態に壊れて運転する自信がなくなった日は怖くなって運転を代わってもらったこともあります。宿舎で酔っ払った契約社員さんに主人がからまれて数時間解放してもらえなさそうな時に私だけ逃がされた時も、主人が後ろ手で渡してくれた車の鍵を使いました(主人は一緒にからまれた先輩駐在員の車で送ってもらいました)。
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2010年03月21日

売り子さん

一応、地元では一番大きな企業のつもりで居ますし(近所に事務所のあるアメリカ資本の運輸会社の方が世界規模では大きな企業ですが)、主人の駐在中の勤務先である企業に就職出来るということは、悪い話ではないつもりで居ました。

なので、メイドさんには、『メイドさんとして雇ってくれる知り合いは居ないけど、主人があの企業に入れるようにしてくれるから、就職先の心配はいらないからね。』って言ってました。嫁さんがテニスを習っている程度のコネでは入れない会社です。ちょっとはありがたがられるものだと思っていたのですが…。

『あそこでは二度と働きたくありません!』と、言われてしまいました。な、なぜ?『あの仕事は体によくありません。私は働いていたことがあるからよくわかります。』ここから先は余計なお世話ですが…。『じゃあ、働くアテはあるの?』親戚が近所にたくさん居るみたいなので、全然無いこともない?!

『私は親戚のお店で売り子でもします。そりゃあ、いい給料はもらえないでしょうけど、それで何とかやっていけますから大丈夫です。あの会社には戻りたくないのです。私の就職先のことは心配しないで下さい。』そう言えば、市場の八百屋兼土産物屋さんは、親戚のお店だからちょっと安くしてもらえるって言ってました。どれぐらいの利益が出ているお店なのかは知らないけど、人が減った訳でもないのに毎日1〜2人居る売り子さんにもう1人加えるとして、そんなにいいお給料は出せない気がします。

その時に聞いた、『売り子』というフランス語単語、私の耳ではカタカナ風に『バンドゥーズ』って聞こえたのですが、その単語はボケても一生忘れないような気がします。一応地元の人たちから憧れられている会社に入れるって言ったのに断られたこと、親戚のコネで売り子になるから構わないでくれと言わんばかりに突っぱねられたことは、あまりにも私にとっては意外なことでした。

幼い子供たちとご主人を養わなければならないのに次の就職先が見つからないメイドさんの不安な気持ち、私には経験がないけど、いかばかりかと想像するとつらいものがあります。そんな立場の人の気持ちをもてあそぶようなことはしたくないので、別の日本人に同じ条件で彼女を雇って欲しいとお願いしていることは、その雇用が確定するまで言わないことにしました。
タグ:駐在
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2010年03月22日

夢の家

暑い時期に氷を配るとか、ビスケットを支給するとか、使用人に義務でもないサービスをする駐在員って珍しいのでしょうか?少なくとも私は自分以外に聞いたことがありません。先輩マダムの所は雇う前から妊娠してたメイドさんが産気づいたら出産費用として大金を渡したし(なぜ払わなくちゃいけなかったのかわからないけど)、主人の上司は自宅に時々メイドさんの子供たちを招いて日本のラーメンを食べさせてやったりしています。我が家が特別甘いとは思わないのですが。

使用人たちは特に我が家を気にいってくれたようなので、少なくとも特別甘いと思われているのでしょう。門番たちの派遣元会社の話では、守衛の仕事もするし、何でも屋もします…という契約なのだそうです。会社での門番の仕事が一番つらかったそう。大きな台風が急にやってきた時に海難事故があって会社関係の方がたくさん亡くなられたことがあった…という話は色んな方から聞いたことがあります。その後、海上に出した船からご遺体を捜索する仕事もさせられてつらかった…と言っていました。それに比べるとかなり気楽な仕事しかありませんからね。

『マダム、いいこと思いついたんだ。』何を言い出すのかと思ったら…。『この間来てた日本人が、ここに住んだらいいんだよ。そしたら、メイドさんも俺たちも、ずっとここで同じように働けるから。何もかも今まで通りになるでしょ?』この家に住んでもらうことについては特にメリットもないので、『泥棒に狙われたことがない』『市場には歩いて行ける距離で便利』等の理由を挙げて、お勧めであることをクールに伝えたのみです。

メイドさんを雇って頂けるようには、かなり熱心にお願いしております。日本語だったから、彼らもメイドさんも気付かなかったとは思うけど。承諾を頂けるまではヘンに気を持たせないためにも他言しないつもりなので、誰もそんな話が出ていることは知らないのです。

非常に自分勝手な話ですが、メイドさん募集のコツの中の大切な要件として、『今までメイドしたことがないこと』というのがあります。その要件から大きく外れてしまいますが、個人的な情が移ってしまったので、他人にメイド経験のある人を推薦しているのでした。

そんな事情があることを門番も知らないのでしょうが、他人事のように、『そうなるといいわねぇ。』と、肯定しておきました。何もかも今まで通り…か。何ておめでたい発想なんだ!とは思ったけど、国家全体が、『どっかの国がきっと解決してくれる♪』と、他力本願で発展途上国ならではの前向きな風土。『世の中そんなに甘くない!』と、説教する気にはなりませんでした。
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2010年03月23日

女神降臨

またまた主人のものではない車の音がして、我が家の門が開きました。駐在準備中で家を探していた日本人女性が、雇ったばかりの運転手に買ったばかりの車を運転してもらって、やってきました。それにしても、いつでも在宅している私…。買い物に行く以外、特に用事もありませんから。

『家はもう見つけました。ナントカっていう、空港方面の、もっと向こうにある郊外の家です。』あら、残念。ボロい我が家はおメガネにかなわず。『家も車も運転手も見つけました。あとはメイドさんだけなんだけど、あなたのメイドさん、まだ次の仕事が決まったりしてませんよね?』もしかして?

『同じお給料で私が引き続き雇いたいと思います。』感激!『ただ、うちは本当に遠い郊外で、朝早くに来るのは大変だと思うので、バス代だけは多めに支給しておきたいと思います。』何てお優しいのでしょう!そして、玄関先に出てきた私のメイドさんに言いました。

(フランス語で)『ねえ、私の家で一緒に働かない?家はナントカっていう遠い所だから、あなたの家から来るのは大変かも知れないけど。』メイドさんは答えます。『大丈夫です。私の家から市場前ターミナルまで出て、そこから乗り換え1回だけで来られますから。』『そうなるわよね。だから、朝早くて悪いけど、その代わり交通費支給するから頑張って来てちょうだいね。』玄関先面接で決まってしまいました。

印象的だったのは、その日本人は、外国人が当たり前に使うフランス語ではなく、tutoyerを使っていたことです。そして、『私があなたを雇ってあげる』…ではなく、『私と一緒にそこで働きましょう』って意味の言葉を、tutoyerで親しげに話したのでした。『vouvoyer=敬語相当』だと思い込んでいる日本人駐在員夫人の前でウッカリtutoyerなど使おうものなら、どんな機嫌の損ね方をされるかわかったものじゃありません。だから、日本人慣れした人は、心の距離の短さを表現するtutoyerを使わないようにしているようなのです。

こうして、彼女は両手を広げるような感じで、私のメイドさんを快く迎え入れて下さいました。現地語フランス語共に堪能で、首都で駐在員をしていた方ですから、『tutoyer=上から目線』などという大勘違いはしていないはずです。メイドさんはフランス語で、私は日本語で、何度もお礼を言いました。

アフリカ慣れしている方だから言わなくていいような気がして、細かいことまでは言いませんでした。確かに、私のメイドさんは一度も我が家の物を盗んだことがありません。ただし、専業主婦である私がほぼ四六時中在宅していました。留守中に掛ける鍵はメイドさんに渡している共用カギとは全く違うものでした(南京錠の在庫数の問題でしたが)。化粧品やパスポートなど、超の付く貴重品は、鍵のかかる作りつけ棚の中に隠している鍵で施錠された作りつけタンスの中に入れるなどしております。それらを開けるのに必要な鍵は、テニスのレッスンを受ける時もシャワーを浴びる時も、常に私が携帯しています。

とにかく、その時は私もメイドさんも、良い方の所で働けることが決まって、心から喜んでいました。
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2010年03月24日

身辺整理にも時間がかかる

帰国すれば狭い社宅に住むことになります。それをわかっていながら、発展途上国の駐在員だからって広い家に見合った物資をたくさん買っていました。素人目にも、このままでは物理的に社宅に収まらないということがわかりました。

減らすほかありません。広い家での物資貯め込み生活に慣れてしまったので、色んな物を手放すのは不安ではありますが。日本人なら大喜びするはずの、日本でしか買えない物資の在庫については、先輩マダムが日本円で買い取って下さると申し出て下さいました。好きな値段を付けてくれたら言い値で買うとおっしゃいますが、そこで大儲けする気は毛頭ありません(当たり前です!)。

前から思っていたのですが、我が家、本が多いんですよね。宿舎の本棚に置いてあった古い本を借りて読むのも楽しかったので、アフリカでのみなさんの駐在生活が楽しくなるように、宿舎に大量に勝手に置いていくことにしました。推理小説とかパズルとか、読みやすいのが人気かも知れませんが、それ以外のも勝手に押し込みました。

フランス語の教材は、数を減らすために、持って帰らない分の要点をまとめました。持って帰る分は帰国してから受けるフランス語検定の勉強に使う予定です。帰国が決まってからの、このまとめの作業が意外にフランス語能力を向上させてくれたような気もします。置いて帰ると決めた教材は…やっぱり宿舎へ(誰の許可もとってないけど)。

夏服の安いのを大量に持ってきました。毎日汗をかき、毎日現地の洗剤で洗濯してもらい、毎日(雨季のぞく)炎天下で干してもらったものです。かなり色褪せています。量の多さと品質の劣化具合からして、日本に持ち帰る必要のないものが多い気がします。日本人の古着は大喜びされるので、自宅の使用人及び宿舎のメイドさんにプレゼントすることにしました。

日本でもたまにすることですが、雑誌の特に気にいった部分だけスクラップして、それ以外の部分を捨てます。海外駐在中は、広告のページですら貴重な日本の情報であり、何度も繰り返し読んだものですが…そういう部分は捨てました。もっとも、引越し屋さんに梱包資材を持ってきてもらうような贅沢荷造りはしません。全部自分で用意する必要があるため、捨てる予定だった雑誌の『いらないページ』のほとんどが、引越し荷物のダンボールの中で緩衝材として再利用されることになります。

何度も海外駐在を繰り返しておられる方から貴重な情報メールを頂きました。『荷物は「こんなに少なくていいの?」っていうぐらいがちょうどいいと思いますよ〜!』確かに、日本で入手出来ない物なんてほとんどありませんからね。欲張って狭い社宅を荷物だらけにすると、必要な物も取り出しづらくなります。気を付けなくては。

売るのか捨てるのかプレゼントするのか持って帰るのか。そんな仕分けを家の中ですることになります(広い家では引越し作業がとってもラク!)。その一方で、習い事を辞めなきゃいけないことも伝える必要があります。黙って帰っても追いかけては来ないでしょうが、人として。単に休むんじゃなくてこの先ずっと来ないということが正確に伝わるように、間違いのないフランス語の作文を事前に仕込んでおきました。
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2010年03月25日

卒業した語学学校の…

『勝手に大学と名乗ってますが、日本では大学と認められていないので大卒の資格は得られません。ご承知おき下さい。』…みたいなことを言う、キャンパス風の語学学校が話題になったのはだいぶ昔のことでした。そんなにまぎらわしくもない寺子屋みたいなアフリカの語学学校で、主人と一緒にフランス語を習ってきました。

合計何回という契約書を交わしておいて、予定では主人の仕事の閑散期に集中して勉強出来たはずなのですが。先生が筋肉痛になって病院で見てもらえるのが土曜の午後しかないから(平日は本物の学校の先生をしているためご多忙)延期になったり。主人に突然の出張などが入ったり、どんどん授業を延期してしまいました。延期があんまり続いて、ついに繁忙期に入ってしまいました。

毎週土曜の夕方を私たちのために空けて下さっている先生に申し訳ないので、私だけでも受けられる日は一人で授業を受けに行きました。1対1の授業は家庭教師みたいな感じで、予習復習はきちんとせざるを得ません(どうせ暇なんですが)。こちらで数えていたところの最後の授業の日に、『いよいよ来週が最後の授業です。』と、言われ、こちらの数え間違いかも知れないので、数え直しもせず、でも、多分1回余分に授業を受けて終わりました。

手持ちのフランス語参考書(フランス語検定3級合格を目指すレベル)を超えたレベルの文法(意外に辞書にも文法の解説があって参考にしていました)まで習得出来、実りのある授業でした。おしりの痛くなる硬い椅子、停電したら電気が消えてノートの字が若干読みづらくなる教室、降りかかるチョークの粉、などなど、抜群の環境とは呼べませんが、通って良かったと思います。

クールで真面目な先生に感謝。良い先生を斡旋してくれた語学学校にも感謝。感慨深く、家に帰ってからさっそく最後の授業を復習しようとして気付きました。借りたままの本、返すの忘れてました!語学学校指定じゃないテキストを使ったことを語学学校に知らせては迷惑かも知れません。勝手に持ち出した本業の中学か高校に返しに行くと先生がクビになりそうです。そして、お互いの個人的な連絡先は知りません。…記念にそのまま頂くことにしました(またまた借りパク)。
タグ:アフリカ
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2010年03月26日

マンツーマン指導の結果

発展途上国に海外駐在員夫人としてやってくると、メイドさんを雇ったりして、基本、動かない生活になるので、太りがちです。また、停電することが多くて娯楽を堪能出来ず、食べる以外の楽しみがなかったり…(以上、言い訳)。私がみるみる肥えてきたこともあり、先輩マダムがテニスの早朝レッスンを受けてみることを勧めて下さったのでした。

外国人なら当然に個人レッスンを受けます。先生1人と球拾いの男の子1人。彼らに毎回チップのように現金で払います。また、月会費をテニスクラブに払います。これはテニスコートの入り口に居る受付のおばさんに手渡し。いずれも安いので、支払いに全然困りません。

マンツーマン指導は、かれこれ半年になります。大勢での球拾いからさせられる女子テニス部だって、半年も在籍していればそこそこテニスが出来るようになるものなのではないかと思います。ところが、たかが(・・・すみません!)スポーツにすら、言葉の壁がありました。

かなり長い間、全ての球をボレーで打ち返さなくてはならないと勘違いをしていて、そこはフランス語で説明されていたのでしょうが、全く理解出来ないままでした。そして、上から飛んで来る球は青い空に溶け込んでしまって全く遠近感が掴めず、1度も打ち返せたことがありません(毎回空振り)。結局、私が打ち返せる球の高さは、自分の身長ぐらいまで。

半年間もマンツーマンでテニスのレッスンを受けていながら、ただの1度もサーブを打てないままの退会となります。半年も運動し続けた甲斐あって、ぶくぶく太るスピードは止まった気はしますが。自分でサーブを打つために高く上げた球を打つのに言葉の説明はいらないはず?フランス語が出来ないせいにしてすみません!おそらく、私にはテニスをする才能がなかったのでしょう。そう言えば、球技は昔から苦手でした。…もっとハッキリ言えば、体育全体が苦手でした。

加速度的に太り続けるスピードを止めてくれたという意味では意義がありましたが、『テニス出来ます』って言えないレベルで止まってしまいます。それでもお世話になったとは思うので、感謝の気持ちを込めて受付のおばさんに挨拶しました。最後に、『この会員証(兼・月会費領収印押印表)は記念に持ち帰ってくれていいですよ。』って言われました。それを受け取って改めて見た時に、『半年も習ったのに…』と、思った次第です。
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2010年03月27日

ポケットの札束

もともと物価が安いのに加えてインフレし続けているので、紙幣1枚の価値も非常に低いのが発展途上国にありがちな状態です。異臭を放ってますし、見た目も臭いも価値が低そうです(ゼロはいっぱいついてるけど、ボロボロ)。銀行の窓口でおろしてくると、お札をまとめてホッチキスでとめてあったりもします。日本人同士、それを『1ホチキス、2ホチキス…』って数えることもあるそうです。

ホチキス留めのお札、札束とでも呼ぶべきものを、主人は日常的に業務上扱っています。それをズボンのポケットに突っ込んでウロウロするらしいのですが、時々、洗濯してもらうために脱いだ物を入れておくべきかごに、札束入りのまま入れてしまうことがあります。真面目なメイドさんは、『マダム!大変!来て下さい!』と言って、スグに私にその札束が入れっぱなしのズボンのポケットを見せて、お金を渡してくれます。『まー大変!ありがとうね。』

あとで主人に文句を言います。札束と言っても現地の通貨は価値が低いので、日本円に換算すると大したお金ではありません。それでも、メイドさんの年収ぐらいになることもあります。そういう大金を、自分にとっては大した額じゃないからと言ってぞんざいに扱うのは、失礼な行為です。あと、恨まれるほど厳しくすべきとは思わないけど、パトロンは使用人にナメられてもいけません。そういう隙を見せてはいけないのです。

『マダム!またです!』…を、10回ぐらいは繰り返したでしょうか。メイドさんは最初ほど慌てなくなりましたが、賢い彼女のことだから気付いたことでしょう。私たちにとってはそれが大金という認識がないということ。大事だと思っているのなら、もっと慎重に扱っているはずですから。

昼食をとりに戻ってきた主人が、ポケットから札束をむき出しで私に渡すことが何度もありました。その都度、私が慌てて、『大変、大変、こんな大金!』と言って奥にしまいこむのですが、主人はそれを見て笑います。食事が終わってから、また私が文句を言います。

内容は同じ感じですね。大金を使用人の目の前でそういう扱いをするのは、大金を大事だと思っていないことの証明であり、失礼であること。いくら信用しているからと言って、スキを見せ過ぎてはいけないということ。

『日本人にとってはたいしたことないお金』で、私が慌てたり怒ったりするのを見るのが面白くてやってる感が無きにしもあらずですが。よくない習慣だったと思います。
タグ:発展途上国
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2010年03月28日

日本語のジショ

おそらく、まだ日本語とアフリカの現地語を直接訳してくれるような辞書は入手出来ないと思います。英語とかフランス語を間に挟む形で良ければ、首都で買えますが。存在しないのなら私が…と、日本語と現地語の辞書を編纂しかけて…挫折しました(集中力が無いので地味な作業が苦手なのです)。せっかく途中まで頑張ったので、頑張った部分までで切り上げて製本し、配ってました

私は辞書をエクセルで作成していました。列の入力規則を日本語入力オフにしている所に現地語を入れました。その隣の、日本語入力オンにしている列に、その意味を入力しました。このブログと同じく、漢字混じりのひらがなです。日本語→現地語の辞書も同時に作る必要から、日本語のアイウエオ順でソートをかけたいと考えました。そのため、通常非表示にしている列にふりがな関数(PHONETIC)を入れていました。

一つ、気になる部分は残っていました。主に欲しがってくれたのが現地人でした。漢字を読めるはずはないので、非表示にしていたふりがな関数の列を表示して、読める気になってもらう仕様にしておきました。そのふりがな関数の部分をもうちょっと工夫すべきだったかな?とは思っていました。デフォルトでは、ふりがなを返す時にカタカナで表示されます。参照元でふりがなの設定を変更して、『ひらがな』にしておくべきだったような気も。

気にはなるけど、どうせあんな半端な辞書では日本語を習得することなんて出来る訳ないし、だんだん改善すべきことがあったことは忘れてきました。それよりも、もっと単語を入力して中身を充実させなければならないことの方が気になっていたのも事実。

もはや、そんな半端な辞書を配ったことすら忘れていたのですが、一気に思い出す出来事が起きました。メイドさんが手紙を持ってきてくれたのです。どれどれ…?

『ワタシ ヒジョウニ カンシャスル アナタノ シンセツ』日本語で書いてくれています!『ココデ スゴス ヒ タノシイ ヒジョウニ マイニチ』一応、ひらがなとカタカナの一覧表にローマ字(現地語流のスペルにアレンジ)の読み仮名を付した物も渡してましたが、見事に正しい字でした。日本語を初めて覚えるなら(戦前なら別ですが)、まずはひらがなでしょう。

ちょこっと違う感じの日本語にクスッとしながら読んでいると、メイドさんが涙を浮かべて、『多分違うと思ってましたが、辞書には全部が載ってなかったので書いてある部分だけで頑張って書きました。』って言ったあと、恥ずかしそうに走って行きました。あとで主人に見せても、やはり同じ所でクスッとしながら読みつつ、『これだけ書けるようになったなんて、すごいなぁ!』と、感心していました。
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2010年03月29日

収納法に頼りすぎ

海外駐在から帰任して戻る場所は2Kの社宅です。また、海外駐在前に住んでいたのも2Kの社宅でした。狭い狭い、社宅。当然、物は少なめで生活すべきでしたが、身の程知らずにギュウギュウ押し込んで生活してきました。

駐在員の家として借り上げてもらった一戸建てがかなり広く、別に広さにこだわった訳ではなく、熱帯で外国人が住むのなら広い家しかないでしょう?って感じで高級め住宅は全て広めに作られているのだから、他に選択肢がなかっただけでした。実際に住んでみると、広い家の良さというのがわかります。

物を広げてもまだスペースが余ります。家の中でずいぶん歩かされるなぁと思うこともしばしばありましたが、何かを探すのも、荷造りするのも、広さがあるって素晴らしいことだと思いました。

駐在は主人が単身で出てから、物資の調達と荷造りと引越しを留守番役みたいになった私がしたのですが、引越し作業の時に、『意外に収納スペースの多い部屋だったんだなぁ』と、驚いたものです。身の程知らずに多すぎる家財道具を、収納法を駆使して押し込んでいたので、人間の生活するスペースが狭くなってしまっていたのでした。

やはり物は少ないにこしたことはない!そこで、手元にある物を全部持って帰るのではなく、極力減らしていくべきだと思いました。前述のとおり、食品を包むラップのような物は100円とか値段を付けて、先輩マダムに買い取って頂きました。ベッドの上に敷く大きなスポンジ(柔らか過ぎると却って腰が痛くなります)なんかは値段を付けずに会社の施設に無理矢理押し込むことにしました。

小説とかマンガもたくさん持ってました。駐在中は、本さえ開けば(日中なら例え停電している中にあっても)日本で生活している気分になってのめりこめる、『どこでもドア』のようにありがたいアイテムでした。帰国後に古本屋に売れなくもありませんが、それも手間なので、宿舎に置いて帰ることにしました。

宿舎の本棚は、帰任する駐在員の残した本でいっぱいです。それを日中時間に余裕のある私が片付けながら、さりげなく自分のいらない本も置いて行くという作業をしました。バラバラに押し込んである本も、大きさを揃えて並べてみると、整然としました。

通常、1段に付き本が1列並ぶものですが、それを真面目にしていたのではスペースが足りません。そこで、1段の一番奥に背の高い本を立てて並べ、その手前に背の低い本を立てて並べ、その手前に本を後ろに倒して(真上から見れば本のタイトルが読める状態)並べました。こうして3倍に使えるようになったスペースに本をいっぱい並べて、ちょっとだけ荷物を減らすことに成功しました。

何だったか忘れましたが、主婦向けの本の中に書いてありました。『収納法に頼らない!』って。スッキリ暮らすコツは、物を上手に押し込める力を見に付けるのではなく、極力物を減らして生活するクセを付けることです。

宿舎の本も、あんまり古いのは処分すれば良かったかも知れませんね。アフリカでも先進気味な国では日本語の古本が1ドルとかで買えるみたいですが、この国では日本語の古本には価値がありません。それでも、あんまり多くてみんな読み飽きたような物は、捨てるなりちり紙にするなり、すれば良かったのかも知れません。
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2010年03月30日

スポンジの思い出

スポンジのことを思い出すと、今でも泣きそうになります。スポンジそのものというより、当時の気持ちとか風景とか全部含めて同時に思い出してしまうのでしょう。

ベッドの上に敷く大きなもの、日本ではマットとかもっと大げさな名前を付けて呼ぶのだと思いますが、アフリカでは、『スポンジ』で構わないと思います。素材がただのスポンジと変わりなく、柔らか過ぎて頼りないのです。腰が痛くなるのでベッドには不向き。

そういう皮肉めいたスポンジではなくて、今回は台所で使う普通のスポンジの話がしたいのでした。生活必需品なので、当然スターティングメンバーとして空輸しておけば良かったものですが、私は用意してませんでした。そこは先輩マダムが気を利かせて新品を一つ譲って下さっていたので新生活のスタートを無事に切ることが出来たのですが。

なぜかガスコンロを使うとすすだらけになります。神経質な外国人駐在員夫人は、それを毎回、滅多に使わない飯ごうを洗うのと同様、鍋の底をピカピカに磨いてきれいにしておくように、最初のうちはお願いしていました。メイドさんは、最初のうちは言うとおりに、ちょっと火にかけただけで真っ黒になる鍋の底、やかんの底、フライパンの底、すべてのススを毎回スポンジでこすって洗ってくれていました。

そんなことをしていたので、スポンジはすぐにボロボロになるのでした。メイドさんにお金を預けて『買い物に行ってきてちょうだい』って言うことはまずないので(マダムの仕事の9割は、食料品中心に物資を調達してくることという、平和な時代でした)、私が買います。

最初のうちは一人で買い物に行けませんでした。車が無かったですし(冷静になって思い出してみれば、日本でプライベートで使ってきた自家用車をアフリカに持ってくるように会社から言われていたのを私が断ったせいです)。先輩マダムが毎日のように、幼稚園の送り迎えでご多忙な所、車で送り迎えして下さっていました。また、時々首都からいらっしゃる奥様がタクシーをチャーターして連れて来て下さったりもしました。

そのタクシーが、道の舗装されていない奥の小道の付き辺りの方にある我が家にまでは来てもらえず、舗装された大きな道で、先輩マダムたちを乗せた状態で私を待つような格好になります。あらかじめ、何時何分にその道に来ると予告してもらっていたので、それに十分に間に合う時刻に出られるように、私は徒歩5分で着くのに30分前から玄関先でそわそわと待っていたりしました。

待ち合わせの5分前、靴を履いて出ようとする時、家事をしていたメイドさんが飛び出してきてフランス語で何かを言います。在庫が切れそうな何かを買ってくるように言われているらしいのですが、言葉のわからなかった私はその意味を理解するのに当初は時間を要しました。ちなみに、フランス語でスポンジをカタカナ発音すると、『エポンジュ』になります。

発音のイメージと、欠品しそうな物は何なのかということを想像しつつ、極力簡単なフランス語で言い換え続けてくれるメイドさんの言葉をヒントに正解が見つかった時、必死でダッシュしても待ち合わせ時刻に間に合わない時間になっていることもありました。当然、先輩マダムたちにもタクシーの運転手さんにも平謝りですが、車内は大変気まずい雰囲気です。便乗して値段を吊り上げようとする運転手と抵抗するベテランマダムがフランス語で言い合いをしているようでもありました。

夫の会社の先輩の奥様を待たせるなんてことは絶対にしてはならないことなのだ。そうだ、買うべきものがあるなら事前に紙に書いておいて欲しい(…気付くのに日数を要しましたが、そのメモがあればお店の人にメモを見せるだけで買えるので便利です)。…そういうことがうまくフランス語で言えないもどかしさ。

慣れない外国での生活(慣れてしまえば、『第2の祖国』)。重くのしかかる『物資調達』の責任(唯一の生きがい?)。決して愚痴を聞いてくれる人の居ない孤立感(そのうち慣れます)。慣れない水(私のお腹は永久に慣れません)による体調不良(平たく言えば下痢)。そんな周辺の事情もあり、疲れもピークに達し、昼寝の時間に寝室で号泣しました。今でも思い出すだけで泣けます。色んなものに慣れてしまった今は、スポンジごときで号泣は出来ませんが…涙を流しながらこの文章を打ちました。
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2010年03月31日

木製のほうきの柄

フランス料理の本(スグに役立つ料理のフランス語)に書いてあった調理道具の単語は、意外にアフリカでは通じませんでした。正しいフランス語のはずなのですが…。日本でフランス料理用語を知らない人が多いのと同じでしょうか?例えばホワイトシチューをルーから自作する時に鍋の中でこねくり回す道具、アレは『木べら』でしょう?

それを(なんちゃって)フランス語でメイドさんに説明すると、『木べらって何ですか?』って言われたものです。『木製のヘラ』なんてコレ以外に無いし、本で調べて書いたからあってるはずなのに。『あっ、だーぶるって言うのが木製ってことなんですね?…ふーん…』またまた日本人独自の造語だと思われたようです。

ある朝、『マダム、買い物に行くなら木製のほうき、安いのでいいから買ってきて下さい。』って言われました。車もあてがってもらって自力で買い物に行けるようになったので、時間にも心にも余裕があります。『え?ほうきなら家にあるでしょう?どういうこと?』

『ほうきそのものが欲しい訳じゃないんです。この掃除道具(モップみたいな長いもの)の柄が割れたので、木製の柄がいるんです。』だーぶる(木製)って言い回しが何度も聞き取れました。何軒か行き着けの雑貨商を見て回りましたが、なかなか見つかりません。

スーパーで、雑巾をパチンと挟んで使うための長い掃除道具を買ってきました。それをメイドさんに見せると、『マダム…。確かにそれは高級な掃除道具ですが、金属製(アルミか?)です。これでは力が入らず、壊れてしまうんです。だーぶるの柄が必要なんです。ま、これはこれで使うことにしますけど。』

何日たっても私が目的の物を買って来ないので、メイドさんに言われました。『私の出勤してくる時刻だと、お店はまだ開いてません。今日、仕事の帰りに木製のほうきを買って帰って、明日の朝持って来ます。それでいいですか?』お金を事前に渡すと言うと、明日領収証を持参するからそれと引き換えで良いと言われました。

長い柄のほうきを自宅に持ち帰って、通勤ラッシュかも知れない朝のバスにそれを持って乗って来るのは申し訳ないと思ったのですが、もう私に任せる気にならなかったようです。翌朝、拍子抜けするほど安い領収証と共に、得意顔でほうきを持ったメイドさんがやって来ました。

『ほら!これが木製の柄のついたほうきです!』それを外して、アルミ製の柄のついていた掃除道具に工夫して差込み、ブラシっぽい道具なのにその全体を雑巾でくるんで、床の水拭きに使っていました。それが一番、力が入って掃除しやすいのだそうです。水拭きするのにそんなに力なんて入れなくてもいいのでは?と、掃除の苦手な私は思ってしまうのですが、プロ意識の高いメイドさんは、ベストな条件で一番力の入る方法でピカピカに磨きあげたかったようです。

スグに役立つ料理のフランス語について。道具のフランス語は通じないことが多かったけど、『煮詰める』とか微妙なニュアンスの例文が多く載っていて、レシピを作るのには役立つ本でした。楽しいストーリー仕立てで仏検3級合格レベルの文法まで網羅されているので(単語は料理用語中心なので、仏検3・4級必須単語集―petits poisのような本でのサポートが必要)、勉強しやすくて、良い本だったと思います。
タグ:アフリカ
posted by サウンジャ at 22:50| 発展途上国アフリカ駐在の小道具 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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