2010年07月04日

出国は最後の難関

州の空港についてからの移動手段は全て飛行機でした。上京するのも飛行機で。この国の飛行機、ちょっと心配な点があります。当然新品ではなくてどこかの国で定年退職してきたような古い機体を安く買ってきたものです。それもあって、よく故障します。1時間たっても故障が直らないから欠航します…って話もよくあります。そんな機体を乗りこなすのですから、パイロットの腕は先進国の機長さんより相当高い!…と、信じて自分を安心させることにしています。

首都の国際空港は色んな意味で気を遣います。色んな人が集まってくる場所ということで、当然、スリに注意。入国してくる時には荷物を調べるふりして係員が他人の私物を平気で盗むような国です。民間人から公務員まで悪い人だらけと疑ってかからなくてはなりません。特に日本人はお金持っているから狙われるのです。アフリカ現地人になりすますことは不可能ですし(だいたい、パスポートの色が違う)、狙われること前提で気合を入れてきます。

『こんにちは、ムッシュ。この度はよろしくお願いします。』丁寧に挨拶したのに係員はぞんざいな態度です。結構ムカつきましたが、顔には出さないようにしました。『さっさとパスポートを出せ。』と、無理矢理引っ張られました。最後の最後、私は負けない!『だいたいその荷物…』別な係員にも引っ張られました。女だからって舐められて、日本人だからって狙われているのでしょう。絶対に、負けない!

パスポートを取り上げた方の係員が、慌てて荷物を引っ張った方の係員に言いました。『待てよ!この人は日本人だ。スグに通せ!』急に手を離され、私は軽くよろけました。突然係員がニタニタ顔になってパスポートをうやうやしく返してきました。『どうぞ良い旅を、マダム。』しばらく状況が飲み込めないまま、『?どうもありがとうございます。』と、その場を離れました。

私なりに何が起こったのかを整理してみました。まず、パスポートを見せるまでは、私が日本人だとは思われていなかったようです。その理由として考えられることが複数あります。英会話は長らくしていないので英語は口から出てきません。そして、フランス語で会話してきたので、下手ながらもフランス語で話します。……。事実を認めましょう。1年以上美容院に行ってなくてモッサリした髪形、1年以上アフリカの熱帯で日焼けし続けて日本人離れした肌色。見た目明らかな日本人以外の外国人だと判断されていたのでした。

また、入国時の警戒レベルが高かった上、日本人というだけで係員から狙い撃ちされる、どうしようもない国だったはずです(発展途上国ならだいたいそうでしょうが)。ところが、日本人観光客の数が増えていて、日本人なら無条件に通せという通達まで出ている模様。観光で国を潤すために日本と仲良くしようと国の方針が変わったのではないか?

確かめることは出来ませんでしたが、それが納得いく理由だったので、そういうことにしておきます。そういう訳で、私は意外にアッサリ出国することになったのでした。
posted by サウンジャ at 09:09| 発展途上国アフリカ駐在での出会い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月11日

ハイテンション・プリーズ!

それはそれは楽しみにしていた、海外駐在からの帰任。一時帰国する方がとても嬉しそうに去って行くのを羨ましく見てきたこと一年以上。早く帰りたくて、帰ったらしたいことがいっぱいで、ウキウキしていました。メイドさんを解雇したり、停電地獄の中で残る他の駐在員さんたちから抜け駆けするようなことになったり(本人の意思ではないけど)、不謹慎だと思われそうなので、あまりウキウキ気分を悟られないようにはしてきたつもりです。

別に珍しいことでもありませんが、最後に上京するための小型プロペラ飛行機(定員10人程度)の機体の調子が悪かったようです。パイロットが首をかしげながら何度もエンジンをかけようとトライしているのを、祈る気持ちで見守り続けました。何とか動き始めたらパイロットと副操縦士は満足顔でしたが、『それで本当に大丈夫なのか?』と、やはり祈る気持ちを持ち続けたのでした。規模の小さい飛行機なので(よく揺れますし)、飲み物の機内サービスはありません。代わりに副操縦士のようでスチュワードのような男性が乗客全員にアメを配ってくれました。

それとのギャップの激しい大きな飛行機で出国しました。飛行機後部の入り口まで階段で上がります。その階段の下で、首都でしか見かけないぐらいに物腰丁寧に接客してくれる制服姿の若い男性が居ました。ウキウキ気分で小走りでやってきた私に、彼は手を差し出しました。あっ、そういうこと?『よろしくぅ♪』欧米か?欧米人でもやらかさないようなテンションで私はその手をわしづかみにして振りました。握手を求められたんですよね?

『こら!係の人が困ってるだろう。早くチケットを見せなさい。』主人に後ろから声を掛けられ、困った顔の係員さんにチケットを見せました。セクハラで訴えられなくて良かった…。日本ではもちろん、海外駐在中でも見せなかったノリの良さで上機嫌な私でした。やはり祖国に帰るのは嬉しいものです。

私をたしなめた主人も、やはりハイテンションでした。普段はむやみやたらと他人に声なんて掛けないのですが、機内で前の席に居た日本人女性に声を掛けていました。『日本語の小説お持ちなんでしょう?私たちも日本語の小説持ってますのでフライト中だけ交換し合いません?』どんなにナンパな夫婦なんだ?って思われたかも知れませんが、快く本を貸して頂きました。言い訳させて下さい。日本語の活字に飢えてたんです!
posted by サウンジャ at 22:19| 当ブログについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月18日

ワタシ英語ワカリマセン

政情不安定極まりない状態になると、その国の航空会社を使わないように用心します。私が出国する時はそこがアフリカとは思えないほど治安が回復していて、何も心配することなく、その国の航空会社の飛行機で帰りました。

役所の出す公式書類はフランス語、一応、公用語もフランス語の国です。飛行機の中でもフランス語が通じました。駐在中に使ってきた言葉がフランス語で、ごく自然に自分の伝えたいことが言えました。『お飲み物は何にいたしますか?』って言われれば、『オレンジジュース!』ってフランス語で言えます。

日本系の飛行機で乗換国に着いてからあと、『どうしよう!どこに行っても日本語が通じない!』って焦っていた往路とは大違いです。航空機の中なら英語が通じるので、飲みたい物ぐらいは英語で言えたものですが。

そうしてリラックスした状態を保ったまま、乗換国まで帰ってきました。深夜だったので空港隣接のホテルで一泊します。そこはフランス語圏ではないし、日本語は通じないので、これから英語を使わなくてはなりません。荷物を運んでくれた人に渡すべきチップが、ドル札をすぐに取り出せる所に用意していなくて、アフリカのお金になってしまいました(申し訳ない)。それをごめんねって言う時に気付きました。『行きの時と比べて全然英語が出て来ない!』

何となく嫌な予感がしつつも、せっかくなのでホテルに荷物を置いてちょっと空港内を散歩してみたりもしました。歩くだけなら主人と日本語会話するだけで済んだので、特に不便を感じませんでした。だいたい、アジアはアフリカより治安が良くて快適です。

ホテルに戻り、部屋番号をフロントに告げる時、恐ろしいことに気付きました。全然使わないでいたせい?意識して封印していたせい?英語をすっかり忘れてしまい、簡単な数字も言えなくなってしまいました。ダメで元々、フランス語で言ってみましたが、首をかしげられました(当然です)。

結局、私が困っているのを見て笑っていた主人と交代してもらい、何とか切り抜けることが出来ましたが、中学生でもスラスラ言えるような数字すら忘れたことにショックを受けていました。英語という、外国語の中では最重要かも知れない言語を忘れることでしか、私はカタコトのフランス語を習得出来なかったのでした。

余談ですが、往路の乗換国までの飛行機の中、女性一人旅の私は日本人スチュワーデス(今時はフライトアテンダントとかCAって言うのかも?)さんに綺麗な英語で話しかけられました。『お飲み物は何になさいますか?』っぽい趣旨だとわかりましたので、英語には英語で、『レモンティー下さい』って答えたつもりです。すると、突然日本語で、『かしこまりました』って答えられ、以後、日本語を通されました。

つまり、失っただの忘れただの大騒ぎしている英語ですが、元々大したレベルではなかったのです。大したレベルじゃなかったからこそ、もろくも崩れ去ってしまったのでしょうね。
posted by サウンジャ at 13:28| 発展途上国アフリカ駐在とフランス語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月24日

あっけないほど一般人

週末に無事帰国して、週明けに主人が報告がてら出社するという予定でした。私たちは家なき子…もとい、家なき大人。実家は地方。なので、上限(1泊1万円前後)はありますが、会社の経費でホテルに泊まれます。帰国が週末だったので連泊出来ました。

私は日本人離れした日焼けし過ぎの肌色と、1年以上美容院に行っていない垢抜けない髪型やオシャレとは程遠いその場凌ぎで詰め込んできた服を着ていることを恥じていました。意外に振り向かれることもありません。安くて便利な場所にホテルを探したため、ごちゃごちゃした下町での滞在、オシャレしなくて大丈夫だったようです。

通行人全員から、『あの人ダサくね?』って指を指されることがなくて良かったのですが、それにしても、誰からも振り向かれません。アフリカでは『白人』と呼ばれる私たち、ガイジン慣れしている彼らも、少なくとも遠慮なくジロジロ見てきたものです。そういう扱いを受けずに町中を歩くというのが久しぶりでした。

急ピッチでしなくてはいけないことはいっぱいありますが、私たちが何を差し置いても最初に行きたかった場所は、お寿司屋さんです。アフリカで回転寿司なんて見かけませんでしたし。新鮮なネタ選び放題という環境もまた、久しぶりなのです。

1皿500円もしないお店でしたが、どのネタも美味しかったです。特に、あまり置かれていない、『山芋うずら』がそのお店にはあって、アフリカ駐在中には一切食べることが出来なかった山芋と生卵を同時に堪能出来たのが幸せでした。その後しばらく、『アレも食べたかったコレも食べたかった』ブームが続くことになりますが。

役所への転入届等、重要な手続きは日を改めるとして、まずは胃袋を満たして帰国したての幸せを噛み締めたのでした。個人差があるようで、垢抜けない髪型を何とかすべく、一時帰国のたびに着いたばかりの成田空港でパーマをかけてもらう先輩マダムもおられたそうです。私は見た目より胃袋が大切だったようです。
posted by サウンジャ at 17:28| 発展途上国アフリカ駐在から帰任後 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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