2010年09月01日

最後の挨拶

ブログの最終回はあと1〜2回書いてからになるとは思いますが。

主人が入社以来(地方の営業所に居た期間を除いて)ずっと関わり続けたアフリカの事業も、売却先が決まり、うまく(?)撤退出来ました。東京本社での残務と言っても、そう多くはありません。仕事が少なくなってくると会社のメールで昔の仲間と連絡を取り合ったりすることもあります。

第三国から駐在していてアフリカで一緒に働いていた方から英文メールが来たそうです。『仕事がなくて困ってます。いい話はありませんか?』共にご一緒して働いていた契約社員さんは出発したばかり。現在の身分が会社員とは言うものの、主人もするべき仕事がなくて困っていますが。先方は生活がかかっていてもっとお困りなのでしょうから、資格を活かせるお仕事を斡旋してくれそうな方にメールを打って相談してみることにしたそうです。

振り返ってみると、事務職のサラリーマンっていい身分でしたね。

するべき仕事がほとんど無いと言っても、部が閉鎖されるタイミングは春です。日本の企業ですから。部の閉鎖にあたり、一部の人は似たようなことをしている部の中に入りました。一部の人は全然違うことをしている部の中に入りました。主人を含む一部の人は、入る部がありませんでした。

アフリカの事業から撤退するというだけでも悲しんでいたのに、10年以上慣れ親しんできた会社を出なければならないのですから、かなり落ち込みました。家庭から笑いも消えました。『資格さえ持っていれば良かったのにな。』第三国の駐在員さんにいいお仕事が見つかって、別な発展途上国に単身赴任することになったという連絡を受けて、羨ましく思ったりもしました。…それでも、新しく資格を取ろうとかしなかったんですけど。

その3月、全国の支社の方たちも本社に集まって大きな会議をする日に、4月以降異動になる人が順番にお別れの挨拶をすることになりました。私がとても心配していたのは、暗い気持ちをみんなの前でぶちまけて八つ当たりして感じ悪く去って行くんじゃないか…ということでした。『今更、人事が変更されるなんてこと無いんだから、みんなに文句を言っちゃダメよ。』

『この事業に関わることが出来た私は幸せでした。』っぽいことを言ってネガティブ発言をせずに終えることが出来たそうです。あとで聞いてホッとしました。この時すでにメンタル面のケアや経済的な負担を覚悟してはいたのですが…これほど苦しむとは思ってませんでした。私も考えが甘かったのですね。
posted by サウンジャ at 23:03| 発展途上国アフリカ駐在から帰任後 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月02日

マラリア

日本人には馴染みが薄いかも知れません。太平洋戦争中、10万人ぐらいの日本人が南方に出征してマラリアで亡くなっていたはずです。食糧の補給もされずにジャングルを歩き回らされて体も弱っているのですから、無理もない話ですが。敵兵と討ち合ってではなく戦病死したということを不名誉と考える動きも当時はあったようで、詳細を語られるのを聞く機会がありません。

マラリアという病気は昭和時代の昔話ではなく、アフリカでは現在もよくあります。あまりによくあるので、又、時々死なずに済んだという話を聞くので、日本でありがちなインフルエンザ程度の病気と認識されてしまいがちですが、違います。命に関わる病気です。

主人と一緒に働いていた日本人駐在員さんで、マラリアに罹患して何とか生き延びた方がおられました。その方の血中にはマラリア原虫が残っていて、時々調子が悪くなってグッタリなさっていました。そんな血が輸血されると大変ですから、マラリア流行地と指定される国から帰国して1〜3年たってない人は日本で献血出来ません。

市街地より田舎に多く生息すると言われるハマダラ蚊。コレがマラリアを媒介するそうです。夕方までは活動しないらしいので昼間は平気ですが。夜勤の門番たちは真夏でも長袖長ズボン姿でした。『こうしてると蚊に刺されないから』って言っていました。住んでいたのは市街地で、発症例は聞かなかったのですが、現地の人でも用心していたようです。

私は足の先を刺されないように夜間外出時には靴下を履くとか、それなりに抵抗してきました。主人と一緒に働いてきた皆さんも、それなりに色々抵抗する手段を持っていたはずでした。…大した手段は講じてなかったかも知れませんが。駐在中に仲間が病死するという経験がなかったのは、日本ではマラリア流行国と指定されてはいるものの、駐在地ではマラリアが流行していなかったせいです。

特に主人と私が居る間は、天災で多くの尊い人命が奪われる…ということがたまたま無く、誰も病死せず、治安もたまたま良い時期で、発展途上国に住みながら先進国に居る時のような気楽さで過ごしてきました。知っている人が殺人事件の被害者になるという事件は確かにあったけど、『他社は他人から恨まれるような商売の仕方をすることもあったのだろうから、この国では殺されるかも知れないな。でも、ウチは周囲から好かれる企業だから大丈夫。』って思っていたのです。

人は必ず死ぬという事実を、見つめていなかったのでしょう。そして、発展途上国は生命リスクが高いという事実を忘れていたか、わざと見ないようにしてきたのでしょう。或いは、『絶対に無事でいられるはず』って思いこむことが、無事の帰国を祈ることにつながると思っていたのかも知れません。
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2010年09月03日

突然未亡人になった人

有給を消化するため、退職日まで主人は家に居ました。社内で一緒にお仕事をしてきた先輩方には挨拶してましたが、それ以外の方には連絡して居なかったそうです。それで、主人の会社用アドレスにメールが来ていても見ることが出来ませんでした。

そのことに気付いた元上司が、CCに主人の会社用アドレスが入っているメールを自宅用メールアドレスに転送して下さいました。『うそっ!』と、突然主人が叫んだのです。英文メールでしたが、そんなに難しい表現は使われていないので辞書を使わなくても理解出来ました。

私たちがアフリカに住んでいた時に主人と一緒に働いていた第三国出身駐在員さんが、別の発展途上国に単身で赴任したのは最近のことです。マラリアに罹患して亡くなった旨、奥様からのメールが一斉送信されていました。『俺が紹介してなかったら行ってなかったのに。』主人はうろたえていました。

私が救急病棟に運ばれるような食中毒になったと聞いてすぐに、『私の主催するクリスマス会のせいで奥様が病気になってしまい、すみませんでした。』ってメールを送ってきて下さった方です。もちろん主人はその時、『どうぞお気遣いなく。1日でケロッと治って妻はもう元気ですから。』ってすぐに返信したそうです。

今回、『私がお仕事を紹介したせいでご主人が亡くなってしまい、すみませんでした。』って送ったとしたらどうなるのか。『彼が神様の所に召されたのはとても悲しいことですが、私は彼のことを思いながら強く生きていきたいと思います。』って書いている奥様が気を遣って、『全然気にしないで下さい。私は一人で生きていけますから。』って返信しなくちゃいけなくなるとしたら、それも大きな負担でしょう。

色々考えた挙句、つたない英語で無難なお悔やみを書くことにしました。代われるものなら代わってあげたいぐらい、感じよくて人柄もよい人でした。司法解剖も済んだあとで生き返るなんてことありえませんし、奥様が強く生きていくと言っているのに他人の私が後を追うなんてトンチンカンなことをしたら迷惑なだけですが。なんで彼が死ななくちゃいけなかったのか。ちっとも信仰深くない私は、『神様は不公平だ!』ってののしりたくなってしまいました。

残された奥様が最後にご主人に会ったのはいつだったのでしょう?最後にご主人の声を(かなりのタイムラグがある国際電話で)聞いたのはいつだったのでしょう?どんな気持ちでご遺体と対面なさったのでしょう?想像すると、胸がつぶれそうになります。

オチのない終わり方になってしまいました。でも、これが発展途上国駐在員の現実です。
posted by サウンジャ at 20:03| 発展途上国アフリカ駐在から帰任後 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月11日

ご愛読ありがとうございました

アフリカ駐在妻でなくなってから何年もたつのに今までダラダラと書いてきました。長らくの間、たくさんの方に読んで頂けてとても嬉しく思います。

狭い社宅の一室でカタカタと打った文章を、一日3ケタになる日も多かったですね、たくさんの方が世界中からブログを見て下さっているのは不思議な感じがしていました。メルマガは気がついたら読者数300人を超えていました!私は最近気付いたのですが、いつのまに200人超えしていたのでしょう?

発展途上国で駐在妻をした経験のある方々からの温かい励ましの言葉がブログ更新の励みになりました。これから海外駐在をする予定という方々からのご質問メールに答える時は特に、少数派である私の経験が人のお役に立てるということの喜びを噛み締めることが出来ました。

アフリカとは特に縁の無い方々からも、たくさんのメールを頂きました。ブログやメルマガを書く以外の場面でも、精神的に随分支えて頂きました。皆様、どうもありがとうございました。

残念ながら書くことがなくなってしまったので、メールマガジンはこれを最終回とします。ブログでは、メイドさんに作ってもらうために書いたヘンテコなフランス語の日本料理レシピを備忘録代わりに時々アップしていきたいと思います。

仏検5級レベルの時に無い知恵を絞って作った言葉なので明らかにヘンで、もっと勉強してフランス語が得意になってからアップしようと思っていたのですが…加齢と共に馬鹿になる一方なので妥協します。フランス語の出来る方、修正お願いします(笑)。

インチキなフランス語レシピは、あまりにみっともないので後から修正出来ないメルマガでは配信しません。ブログにアップする予定のおかしなフランス語は、指摘訂正メールを頂いたらコッソリ直していく予定です。

メルマガはこれで最終回、ブログも近々更新停止予定ですが、何かお困りのことがあれば、遠慮なくメール下さいね。書くネタが無いだけで、私はシッカリ生きてますから。

長らくのご愛読、ありがとうございました。
posted by サウンジャ at 22:46| 当ブログについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月22日

ほんとうふ/TOFU(レシピ)

アフリカの、先進国はどうだか知りませんが、発展途上国では豆腐は売ってませんでした。駐在妻の常識で、あらかじめ自分で豆腐を作るために必要な物を揃えておくものです。私はスタメンに入れていなかったため、先輩マダムに一式お借りすることになりましたが。

豆腐を固めるための器は、日本から持ってきた豆腐専用の物が最強です。流しかんと呼ばれる金属製のものを金物屋さんで買っていました。非常に使いやすいです。百円ショップで買った、ざる付きで豆腐を水に漬けておけるプラスティックの入れ物も大活躍です(帰国後も)。

駐在生活での豆腐作りに欠かせない、『ほんとうふ』とは、ハウス食品さんから売り出されている粉末の材料です。書いてある通りに作れば豆腐が作れます。日本の大きなスーパーの片隅に置いてあったりもしますが、見つからない場合はメーカーに問い合わせれば良いでしょう(許可をとってないのに勝手に宣伝)。

【日本語版/豆腐(ほんとうふ)】

1.よく煮る

鍋にほんとうふ(大きい袋)と水650ml(450ml+200ml)を入れ、よく混ぜる。

混ぜながら強火にかけ、煮立ってきたら火を弱め、3分煮る。

2.手早く凝固財

火を止めてスグに凝固財(小さい袋)を加え、手早くかき混ぜてから、一気に容器に流す。

3.固める

フタをし、そのまま20分おく。20分水にさらしてあくを取る。網を使って容器に戻す。


【フランス語版/TOFU(HONTOFU)】

1.CUIRE A L'EAU BIEN

Metre HONTOFU (le sachet grand ) et l'eau 65Cl.(45Cl. + 20Cl.) a la marmit.
Melanger bien HONTOFU et l'eau.
Le melanger bien pendant que vous cuirez a feu vif.
Baisser le gaz apres ebullition.
Cuire a feu doux durant 3 minutes.

2.COAGULANT TOUT DE SUITE

Fermer le gaz, mettre le coagulant (le sachet petit), le melanger, le verser dans un recipient d'une haleine (tout de suite).

3.DURCIR

Fermer le couvercle, attendez durant 20 minutes.
Tirer TOFU du recipient a l'eau (dans le bol grand), attendez durant encore 20 minutes.
Remettre TOFU dans le recipient avec un filet.
posted by サウンジャ at 21:32| 発展途上国アフリカ駐在でのレシピ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月26日

味噌汁/MISOSHIRU(レシピ)

日本からアフリカまで世界中の港を経由して味噌ほか何種類かの食糧が船便で送られてきていました。何ヶ月かに一度、それが配られます。駐在員家庭には欲しいだけの味噌を配給されたものです。見た感じは普通の合わせ味噌。味噌漉し器など使わなくてもお湯に溶けます。

パッケージには、『白味噌』って書いてあるのに、中身は合わせ味噌。炎天下、熱気のこもるコンテナの中にさらされていて変質したのでしょうか?熟成されたのでしょうか?味は特に異常のない合わせ味噌で、味噌に関しては不自由を感じることはありませんでした。

私がメイドさんに日本料理ほか様々な料理のレシピを教えるに当たり、大きな手抜きにして大きな失敗をしたのは、材料の計量の仕方をきちんと教えなかったことです。おそらく彼女は計量カップも計量スプーンも手にとったことがなかったことでしょう。

フランス語で『大匙』を何というのか考えるのが面倒で横着してしまい、普通に『スプーン1杯』っぽい書き方をしました。スプーンで計量するという発想がなかったのか、その日その日によって使うスプーンが違うと、『スプーン1杯』の量が違うことになってしまいました。

『コレを作る時はコレをこのスプーンで計ること』って言うことで、常に同じ味付けに統一することは出来ました。しかし、日本の主婦が共通して持っている、『大匙1杯ってこれぐらいの量』というイメージを持ってもらうことは出来ませんでした。

この味噌汁、味見してごらんって言うと…『べぇぇぇぇ!』って言われました。味噌に慣れていない人にとっては、かなり気色悪い味らしいです。作った物を味見する癖を付けてもらおうと思っていたのですが、あまりに嫌そうにしていたので、味見してもらうことは諦めました。

味噌汁の具は、欲しいものが入手出来ないことも多いので、少々投げやりに決めていました。太ネギと豆腐と人参だけが安定供給されているので、ほとんどそれだけで作ってもらっていました。卵もだいたい入手出来ますが、味噌汁には入れないことにしていました。あらゆる病気に対抗するために毎日卵料理を1品取り入れていたので、味噌汁にまで入れると栄養取りすぎになるかと思ったためです。

献立のメモを書いて渡す時、
MISOSHIRU pour 2personnes
(TOFU,poireau,carotte)
という感じで書いて具材を指定していました。ほぼ毎回、この3種でした。

犬2匹を預かっている間だけ、毎日お昼に3人前の味噌汁を作ってもらって1人前は犬のエサとしていました。駐在員のために会社から無償支給されている食材を個人的な知り合いとか趣味で飼ってるペットだとかに流用するのは間違った行為という認識は持っていました。『いつも味噌汁を食べさせている』って聞いて預かった犬のために早急に味噌を個人輸入するという手間を惜しみ、悪いとは思いつつ、約1ヶ月間流用しておりました。


【日本語版/味噌汁の作り方】

2人前
(☆3人前=2人前と犬2匹分)

1.だしを沸騰させる

鍋に水500cc、だし(粉末)スプーン1杯を入れ、沸かす。

2.味噌を入れる

火を弱めて、味噌スプーン3杯分を入れる。お湯の中で味噌を溶く。

3.具を入れる

沸騰する前に、豆腐などの具を入れる。
ねぎの輪切りは最後に入れる。
煮立てすぎる前に火を止める。
(あまり長時間煮込むと味噌の香りが抜けるので注意)


【フランス語版/MISOSHIRU】

(pour 2 personnes)
☆3 personnes = 2 personnes + 2 chiens

1.FAIRE BOUILLIR DE DASHI-JIRU

Mettre une(☆1.5) cuiller de DASHI et l'eau 50Cl(☆50Cl + 25Cl) a la marmit.
Cuire a feu vif jusqu'a ebullition.

2.METTRE MISO

Baisser le feu, mettre 3 cuiller(☆4.5) de MISO.
Fondre de MISO dans de la marmit.

3.METTRE INGREDIENT D'UNE SOUPE

Mettre ingredients ( par exemple TOFU,etc.) d'une soupe avant ebullition.
Si vous mettez des rond de poireau, les mettez en fin.
Fermez le gaz avant MISOSHIRU bout a gros bouillons.

( Ne bouilez pas trop longtemps pour que du fumet de MISO reste.)
posted by サウンジャ at 23:15| 発展途上国アフリカ駐在でのレシピ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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