2011年05月08日

駐在妻たち

前にも書いたことがあるはずですが、再度、書かせて頂きます。私の場合、自分が救急病棟に運ばれた夫が銃を突きつけられたり…発展途上国ならではのトラブルには遭いました。が、海外駐在妻にありがちな、日本人同士の人間関係トラブルには全く遭いませんでした。トータルで見ても、かなり運が良かったと思っています。

先進国と違って、夫の所属する会社名でヒエラルキーが完成するほど日本人の多い国でもありませんでした。また、首都ではなく地方なので、日本人が極端に少なかったのです(私以外の日本人女性は先輩マダムお一人だけ)。たまたま先輩マダムが実のお姉さんが居たらこんな感じなんだろうなと夢想させて下さるような、特別優しい方で、よく面倒を見て下さいました。

今後、何かの間違いで再び私が海外駐在妻となることがあっても、ここまで先輩マダム運が良いとは限らないと思うのです。だから、今後、何かの間違いで再び私が海外駐在妻ブログを書くとしたら現在進行形の話になるはずなので、日本人同士の人間関係には一切言及しないことにするつもりです。夫以外の日本人が一切出て来ないというのも不自然な設定ですが、書きようによってはそれでも成り立つ気がします。

人数が多いとなぜ駐在妻同士の付き合いが大変になるのか。奥さんたちがご主人の従物みたいに把握されてしまうせいでしょう。私は生徒会長も首席も当然に女の子という環境(女子高)から共学の大学に進学して、共学高出身者の男尊女卑っぷりに驚いたものです。男の子たちが私よりエラそうにする根拠が最後まで理解できず、入学したての頃には色々と衝突したものです。最終的には、『オカシナ思想に洗脳されてるカワイソウな人たち』だと思って多少は話を合わせる心の余裕が出来ましたけどね。

女子大出身の元駐在妻さんがブログで、女性だから生きづらいなどと言わずに確固たるアイデンティティを維持することの大切さを解説されています。人が多すぎると、『○○にお勤めの方の奥様方』とか、『○○に通ってる子のママたち』とか、個性を無視されがちですが。便宜上ひとくくりにされている方同士でも、お互いはそれぞれ個性を持った人格だということを忘れずにお付き合いして頂きたいなと思います。

サラリーマン業にしても嫁業にしても、色々とガマンすることが本業のような部分はあります。ガマンすることで最低限の安定した生活は保証されるのですから、その分、個性を主張せずにひとくくりにされることを許容しなさいって言われたらそれまでですけどね。ひとくくりにされつつ、本当は個性を主張せずにガマンしているんですよね。

発展途上国の地方都市の駐在妻は、ひとくくりに出来るほど多く居ませんでした。私には子供が居ないので心配なかったのですが、道が整備されていない中での雨季のマイカー幼稚園送迎は、みんなで協力しなくてはいけないぐらい大変なことだったそうです。だから、国籍とかご主人の職業とかを越えて団結していました。

幼稚園ママ友達を作りようがない私のために、先輩マダムが時々私も一緒にイベントに呼んで下さったので、スーパーで、『あ!サウンジャじゃなーい?』って声を掛けて下さるような顔見知りの奥さんが増えました。一番喋るのがラクだったのは、ヘタな英語でも根気よく付き合って下さるアメリカ人でした。第一外国語が英語という方も多かったし、そもそも社交的な奥さんだったし、彼女は話し相手として人気があったかも知れません。

私は英語を話せない奥さんと長く話し込んだりしていました。フランス語圏アフリカ出身の方でご主人はフランス人。流暢なフランス語を話すので、私のヘタなフランス語に根気よく付き合って下さったものです。私も第一外国語が英語だったはずですが、英会話が苦手で、駐在中は英語をほとんど使いませんでした。この奥さん、とても話しやすい雰囲気の方なんですが、夫同士は競業会社に勤めてました。妻同士の付き合いに、夫の職業なんて全く関係なかったので、気になりませんが。…人数の多い首都ではお近づきになれなかったかも知れませんね。

私も含めて、ママたちは日本の幼稚園ママみたいに『○○ちゃんママ』とか言われることはなくて、みんなファーストネームで呼び合っていました。西洋では年齢制限ないんでしょうかね?ママの誕生日に自宅でお誕生日会とかしていました。大人しい人、明るい人、社交的な人…わりと皆さん個性は出しておられました。日本人の二人は地味って言われてたんでしょうけど(日本でも大人しめの二人です)。
posted by サウンジャ at 00:01| 発展途上国アフリカ駐在員と家族 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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